2010年04月21日

いたずらくまのこかけてきて そうっとのぞいてみてました



おかげさまで、うちのチビ、1歳になってます。

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つまり新米母もピッカピカの1年生から、ちょっぴり進級。
ルーキーイヤー無事終了、かしらん。

ごめん、親バカ炸裂でわが子の写真をどーしても1枚にしぼれなかった。。。


俺はいまとにかくチビが可愛くて可愛くて頭蓋内が花の子ルンルンで、対戦相手だろうが敵サポだろうがわけわかんねー審判団だろうが
「ああこの人もウン十年前はこんなにあどけない赤ん坊だったのだわ!」
と脳内変換されるので、試合見ててもまったく腹の立つ余地がない。
みんな昔はオツムてんてんでネンネンでアップーでマンママンマでハウハウだったのである。
あそこなんてみょうがより小さい。
そう思えばストレスフリーである。


レイソルの試合はスカパでいっしょに見る。
フランサ厨らしいチビは(俺がフラダンスを踊るとよだれを垂らして狂喜乱舞)、彼の怪我以降どーも態度が冷たい。
しかしこないだの鳥栖戦でボーイズオンリーが鳴り響く中ムリヤリ抱っこして大声で歌い跳ねると「ギャハハ!」と大喜びで手を叩いておりました。


まだちょっと日立台に連れてくのはむずかしいが、まぁそのうち。
こないだ親子おそろいで黄色いTシャツ買ったので、初日立台にはペアルックだペアルック。
好き好きこぐまちゃん。

koguma-chan T.jpg


ちなみに現在ママサークルの代表をやっているのだが(最年長…)、
サークル活動のスケジュール表に素知らぬ顔でJリーグの全日程を盛り込んでやった。
メンバーからの反応は皆無( ´_ゝ`)みんな大人だね


というわけで、とりあえず生きてます、の生存報告でした。
毎日食って寝て遊んで笑って笑って笑って笑って笑ってますよー。


posted by きなこ at 23:14| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月28日

失ってしまったものは いつの間にか地図になって 新しい場所へ誘ってく





ふと。
去年の年末に『ヒストリーチャンネル』でやった、チュンソンと鄭大世に密着した番組を見たときのことを思い出した。
番組の終わり近くで、たしか「お互い、日本代表と北朝鮮代表として試合をしたいか?」みたいな質問をされて、チュンソンは困ったような苦笑いを浮かべ、「親善試合ならいいけど、できればやりたくないです」みたいな答え方をしてた(うろ覚えですが)。
一方のテセは「俺はガチでやりたいね」と即答だった。
だからどうしたってわけでもないけど、ああ、チュンソンってそういう子だよね、って、妙に脳裏に焼きついてる。



たぶんチュンソンは強くない。
“気の強さ”や“負けず嫌い”をよく挙げられるけど、ちょっとちがってて、
あれは正確に言えば〈認められたがり〉なんだと思う。
認められたい。認めてくれよ。俺を認めてください。
チュンソンからはいつもそんな心の声が聞こえてた。

たぶんチュンソンは誰かのそばに居場所がほしい子だ。
いまのレイソルには、彼の居場所を用意してあげられる人がいないんだろう。
石崎さんはとっくにいないし、フランサにはその役は果たせない。
ペトロヴィッチ監督は(チュンソンからすれば)まさにうってつけの存在だと思う。
移籍先が広島、と知ったとき、思わず「そうだろうなぁ」と膝を打った。
やってるサッカーの中身以上に、チームのたたずまいに魅力を感じてたはずだ。
どことなく、07年のレイソルに似てる。
チュンソンが一等輝いてた、あの頃のレイソルに。

そして、たぶんチュンソンはこの先もずっと〈渡り者〉として歩いてく。
「サッカーの世界では、来る者がいれば、去る者もいます。
 常に流れ動いている中で、僕の番が来ました。」
チュンソンのこの言葉を読んで、そんな気がした。
自分を認めてくれる誰か、自分が輝けるどこかを求めて、流れ流れていくんだろう。



チュンソンは“新生”柏レイソルの象徴でもあり、同時に鬼っ子でもあった。
エースと呼ばれ、でもミスターレイソルではない。
彼を薄情だとかドライだとか責める気はいっさいないし、彼の不在を嘆き悲しんだりすることもない。
(今季の移籍に関して言えば、わたしは石川くんが出てったことのほうがずっとずっとずっとずーっとダメージ大きかった。じつは今もさびしくて胸が痛い)
このタイミングで…と少し驚きはしたけれど、結局、感想は「さもありなん」のひと言だ。
ああ、チュンソンってそういう子だよね、のひと言だ。
たとえばかつて苦渋の決断で仙台を去った佐藤寿人とは、わけがちがう。
いつかは出て行く子だとわかってた。


あの『函館の奇跡』で、雄叫びを上げながらピッチを走り回るチュンソンを見て、
まるで山猫のようだ、と思った。
捕獲され、保護された山猫は、その後きちんとしつけられ、いつしか見栄えもお行儀もいい飼い猫になってしまった。
やんちゃな飼い猫なんて怖くない。

チュンソンに足りないのは、野性だ。

このままレイソルにいても、山猫にはもどれないだろう。
(広島でならもどれるのかと言えば、それも疑問ではあるけれど)
とっても愛着のある選手だけど、ひきとめる謂れもない。
ありがとう、と感謝して送り出すつもりもない。
むしろ「あれ、チュンソンってあんな男だったっけ!?」と裏切られた気にさせてほしいんだ。



チュンソン。
サンフレッチェのオフィシャルに載ってた紫ユニ姿、とっても似合ってる。
柏木や槙野とバカやって盛り上がる姿が目に浮かぶ。


チュンソン。


それで終わるなよ。




いつかあたしたちレイサポが悔しくて唇かみしめて血を流すくらい、強くなれ。
いつかあたしたちレイサポがきみの前にひざまずいて涙を流すくらい、恐がらせてくれ。




つきぬけろ。



posted by きなこ at 23:25| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月29日

想い出はモノクローム  色を点けてくれ







元気でやってます。
おちびはまもなく生後4ヶ月です。
さすが未来のミスターレイソルだけあって、とにかくボールがともだちです。


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一日中なめてます。 (;´Д`)もうそりゃベロンベロン



※お座りしてるバウンサーおよびボールの色使いがちょっと他チーム仕様なのは気にしないでください…




19時キックオフだと風呂&寝かしつけとドンかぶりでぜんぜん観れません。
しかし鹿島戦はなんとしても見たかったので、コンバトラーVで学んだ超電磁タツマキにより赤子をむりやりベッドに はりつけ ねんねさせて、後半だけ見た。
音声なしで。。。

日立台から遠ざかっているあいだに、いろんな人が来て、いろんな人がいなくなって、またいろんな人がやって来た。
今のレイソル、まったくわかりません。
背番号もわからんし、正直、顔と名前が一致しない選手もいるし。
なんで井原がレイソルベンチにいるのかいまだに不思議すぎて違和感ありまくりだし。
もうフルベ(←同い年)だけが心の支えですよ。。。(´・ω・`)

っていうかハモンって。
やっぱりもうサポミで「この生ハム野郎!!」とか言われちゃってるんでしょうか。
ハモンってラテン語ではたしか『後足』って意味だったと思いますが、サッカー選手としてはかなり微妙なツボにはまる名前ですね。
思わず福西さんの前足を思い出しました。

とにかく、“見知らぬレイソル”にとまどいながら見てた。
すこし他人行儀な態度で眺めてた。
音を消してるととくに、まるでアジアのどこかの国のリーグをたまさか衛生中継で見てるような気分になる。
ところが、ゴール裏が映った瞬間。
あぁ、いつもの黄色だ。
ものすごくホッとした。
選手やスタッフがどんなに入れ替わっても、イナゴの群れみたいにどこでも黄色く染めつくすあいつらさえいれば。


ともあれ、レイソルさん的には、鹿相手にいい試合ができちゃったりするのはわりに想定の範囲内なので、この1試合だけをとらえて感じることはとくにない。
次の神戸戦。
次の日立台。
ここがすべて。


この90分で、全部燃やせ。






18時キックオフだから前半は見れる。
日立台方面目がけて超電磁フルスパーク飛ばします。





そうそう、10月11日の柏の葉で、子連れスタジアムデビューの予定であります。
(葉っぱにはベイベーベッドはあるのだろうか)
到着早々グズりまくられてずーっと抱っこでおっぱいでウンチでおむつ替えで結局試合なんか1秒も見れずハーフタイムで強制退去ってオチが待ってそうな悪寒がするが、
とにかく行くだけ行きます。

行くだけなら行ける。
行けそうだ。
行ける気がしなくもない。
行けたらいいな…



ちなみに過去30年間のデータから割り出された『天気出現率』というのを調べてみたら

http://weather.goo.ne.jp/appearance_ratio/p0019/10/11.html



晴れろ晴れろ晴れろ晴れろ晴れろ晴れろぉぉぉおぉおおぉぉ(呪)




posted by きなこ at 23:36| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月18日

光あふれる揺りかごの中で




こちらでのご報告遅れましてすみませぬ。

うちのおちびさん、生まれてからもう1ヶ月あまり経ちました。
未来のミスターレイソルのあんよ。現在約10センチ。


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お腹の中にいたときからキック力の強さはわかっていたけど、
蹴りっぷり、本当に並みじゃないっす。
おまえはロベカルか、ってくらいドカドカドカッ、ボゴッッッ!!とやる。
しかもラフプレーが多い。
気に入らないとすぐ蹴る。たたく。頭突く。
それどころか、わたしはメガネをむしりとられたりする。
ほとんど“ピクシーにイエローカード取り上げられた主審”状態(´Д`;)カエシテー

あ、あと、ロングスローも得意です。
おしゃぶりを自らつかみ、いらなくなるとブンッと放り投げる。
かなり飛びます。ベビーベッドがピッチだとすると、ハーフウェイライン付近からゴール前まで届きます。

号泣しながらだとさらに飛距離がのびます。


とにもかくにも、おかげさまで無事出産済みであります。



 * * *



産みの苦しみ、というけれど。

昔読んだ本に、こんな一節があった。

「春の嵐は、『母』なる自然が一年を産み落とすときの苦しみの爪跡である」


オフィシャルやサポブログもぜんぜんチェックできないし、そもそも90分間きちんと試合を見ることも難しい。
見てないから不安が増す。そして、見てないから危機感がうすい。
チームが何に苦しんでいるのか、真に迫って共有できないのがとてももどかしい。

ただ。

いまこのときをまだ春と呼んでよいならば。
レイソルをもてあそぶ春の嵐は、この先に豊かな実りの季節を迎えるための、産みの苦しみであると信じたい。
どんなに鋭く深く傷つこうとも、それは新しく生まれる光をつかむべくもがいた、勇気ある爪跡だと信じてる。



ちなみに。
わたくしは無痛分娩だったので、まさに出産まっ最中ってときには苦痛はほぼ感じませんでした。
いやー、医療技術の進歩ってやつは本当にすばらしい。
分娩が終わった瞬間に思ったことは「これなら今すぐにでももうひとり産める…!」だった。
ただ、そのぶん、麻酔が切れた後がしんどくてねぇ。
露骨な話ですがあそこの縫い傷がモーレツ痛くて、ただ寝てるだけだと「痛ぇ、マジ痛ぇ!!」と声が出てしまう。
そこで、病室で一晩中『KAWABE』『チュニジア』『アンゴラ』を無限ループで熱唱し、なんとか気合いでのりきった。

産みの苦しみから救われるには、やっぱり、サポの歌声が必需品なんですな。
日立台に集うみなさん、たたかう選手たちになにとぞ大声で励ましの歌を。
まだまだスタジアムで戦えないわたしだけど、胸の奥の声はいつもふりしぼって、レイソルとともに。




それはともかく、産むときより産んだあとのほうがずっとたいへんだぞ。
毎日睡眠3時間だコノヤロー。


それと、へそは元の姿には修復不可能っていうか、
もうここから先はへその余生だと思ってあきらめました。


posted by きなこ at 00:50| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

たいくつにペロッと おそわれたらパヤッパ

 




気がついたらもう開幕直前なのでした。
いくらなんでもご無沙汰しすぎなので、ちょっぴり生存報告を。
(気にかけてくださってたみなさま、ありがとうございます!)



元気です。
もうすぐ臨月です。
腹、すごいです。
へそが限界です。

あたくし、自分で言うのもなんだが、へその形にはけっこう自信があった(縦長でちょっと深め)。
ところが腹の皮がのびきって、へそもひっぱられて、インサイドがアウトサイドにポジションチェンジして、

つまり穴がなくなってキタ━━━━(゜д゜;三;゜д゜)━━━━!!!

このままさらに腹がふくらむと、俺のへそ、どうなっちゃうんだろう。
ブラックホールからホワイトホールへと変身するのか…


毎日ちびきなが腹の中で激しく暴れまわるのですが、こいつのキックはどうもサッカー選手風じゃない。
フランサの神ボレーみたいに華麗に足を蹴り抜いてくれればまだいいのだが(痛いけど)、
あばら骨めがけてしつこくしつこく蹴りを入れてくる。
ちょっと前に逆子だったときは、膀胱めがけてしつこくしつこくしつこく蹴りを入れてくる。
あまりに粘着質な蹴りなので「こいつ、スライディングタックル連発でしつこい!!」と嘆いたら、

ダンナ「いや、それは アリ戦の猪木 だね。」

俺「Σ( ̄□ ̄;)!!」

そ っ ち か よ 。
寝たままローキックかよ…


そういえば、ぜんぜん関係ないが、こないだ朝ごはん食べながら『巌流島』の話になったわけですよ。
テレ朝の若い女子アナが『巌流島の戦い』を知らなかったというネタで、あたくしはまったく最近の若い奴らは信じられんブツブツとぼやいておった。
するとダンナが「じゃあ、きなこは知ってるんだ?」と真顔で聞いてくるので、
「武蔵と小次郎でしょ!?」と答えたら、

ダンナ「だからきなこはダメなんだよ」

俺「 …!? 」

ダンナ「巌流島といったら マサ斎藤と猪木 じゃないか。」

俺「Σ( ̄□ ̄;)!!」

そ っ ち か よ 。
たいまつで殴り合いかよ…
(ってか、もっちゃんわかんないから…)




という具合で、最近どうにもレイソル分が足りません。
友だちが送ってくれたちばぎんのDVDをなめるように見ておりますが、やっぱり“実感”としてのワクテカ感を抱きづらい。
いまは自分の体の中に圧倒的なリアリティが詰まってるもんで、さびしいかと言われれば正直そうでもないんだけど。
あ、チャラ男がボスナーはじき飛ばしたシーンには興奮したなぁ。
なぜか腹の中の猪木もはげしく反応してました。


ちなみに、石さんとオカについては、正月の天皇杯終了時点でスパーッと切り替わっちゃった。
とくにオカは、国立のゴール裏にああいう形で現れたことで、冷たく響くかもしれないけど「プロサッカー選手」として彼を想う気持ちがおさまったというか消えたというか。
「ピッチの上じゃなくても、オカが元気で生きてればそれでいいや」って妙に納得しちゃってます。
逆に、由紀彦にはとことん現役にこだわってしがみついてほしかったので、長崎に決まってすごくほっとしました。
新たなチャレンジ、彼らしくがんばってほしい。
しかしさ、一番「漢(オトコ)」なのはじつは由紀彦の嫁じゃないですかね。

J2ではモチベーションが保てないどこかの夫 & 田舎暮らしではモチベーションが保てないどこかの嫁とは大違いだな




この週末はどうやらお天気冴えないみたいですが、みなさまどうぞお風邪など召しませんように。
こんど更新するときは、たぶん、すでに生まれちゃってずいぶん後だという気がしなくもないですが、
せめてその頃まではどうか浩太が無事に生きてますように。

あとタニが復帰してアルセウも治ってあや吉とかいう娘がまともにしゃべれるようになってますように。。。


よくわかんないけど

フラペチーノ、レイソル!!!ヽ(`Д´)ノ







 
posted by きなこ at 23:45| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月31日

are you ready?




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大そうじもやり終えた。
おせちの支度も済んだ。
家のお飾りもととのえた。

チケットも神棚におそなえした。


(年賀状は書いてない…)



あとは
みかん食べて、
紅白見て、
年越しそば食べて、
お風呂入って、
除夜の鐘きいて、
寝て、
起きて、
お屠蘇なめて、
お雑煮食べて、
おせちつまんで、



黄色くなって、



国立へ行くだけ。





元日は、今シーズン「バカ納め」 かつ 来シーズン「バカ初め」。
でけぇ腹かかえてゴール裏のりこむぞ。
90分だろうが120分だろうがもっともっと先があろうが、
「大丈夫だよ。これがウチの勝ちパターンだ」って念じつづけてやる。

そんでいつか、ちびきなに(←あ、男子みたいです)
「この胸の赤い星は、おまえが生まれた年に、みんなでつかんだ星なんだぜ」
って教えてやるんだ。





さぁ、全力で、ノリノリで、一心同体で、

俺たちの天下無敵の星をつかもう!!








posted by きなこ at 01:44| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月12日

さよならだけが人生ならば  また来る春は何だろう






この冬は、「ありがとう、さよなら」と、とくべつ幾度もつぶやく冬になりました。
石崎監督。名波。オカに、由紀彦。

でも、なにか言ういとまをゆるされないまま、ただ去っていく人がいる。
大好きだった会社の先輩、Kさん。
彼とは永遠のお別れで、それはちょうど最終節の神戸戦の日でした。


 * * *


「あのですね、Kさんが亡くなったんですよね」
電話をくれた元同僚は、まるで新刊の発売日が変更になりましたって申し送りするみたいに、ぼそっと言った。
お通夜は金曜で、土曜に告別式。詳細は決まり次第また連絡するので。
奇妙なくらい落ち着いた口調に、わたしもただ「はい、わかりました」とこたえて電話を切った。

自宅のお風呂場で倒れているKさんを発見したのは彼だったと、あとから知った。



世界中どこへ行ったって、けっきょく「たいへんじゃない仕事」なんてあるはずないので、わたしのいた職場が特別だったなんて訴える気はない。
それでもやっぱり、どうしようもなくたいへんな仕事だった。
文芸編集者というと、夜な夜な銀座のバーを飲み歩いたり、取材と称して作家とあちこち漫遊してばかりいる華やかなイメージをもたれることも多いけど、そんなスタア編集はごくごくひとにぎりの絶滅危惧種だ。
ひとりの優良作家の陰には、“その他大勢”の作家が10人、15人。こっちがむしろ仕事の中心で。
来る日も来る日も、おだて、尻をたたき、食わせ、褒めそやし、ののしられ、泣かれ、かみつかれ、おどし、なぐさめながらひたすら1行でもおおく原稿を書かせる。
〆切を守らないくらいはまだマシで、ゴミ屋敷と化した作家の家に便利屋とともに突入したこともある。
いったい、一日に文庫本何冊分読んで赤入れしただろう。
ほんとうに目から血が出るし、脳みそが腫れてパンパンに痛む。
14年ちょっとの会社員生活のうち、終電前に家に帰れたことなんてそもそも数えるほどしかないけれど、文芸畑にうつった最後の5年間は残業月100時間超えがあたりまえだった。
100時間超えるとカウンセリング、120時間超えると健康診断を受けさせられる。
その時間すらつくれないから、みんないつも過少申告していた。
もちろん、休日もへったくれもない。
「このご時世、残業代が出るだけでぜいたくじゃないか」と言われるにはせつないほど、体も心もいつもくたびれきっていた。

しかももっとも最悪なことに、そんな職場を牛耳るのがはえぬきの業突くババアで、見た目もふくめ、細木数子と野村沙知代とデヴィ夫人を足して三乗したような人間だった。
彼女のうしろから階段をおりるたび、「いま蹴り落とせば…」となんど頭をよぎったか。
わたしはとりわけ『女として』目の敵にされたらしく、パワハラまがいの仕打ちを受けつづけた。

どんなにつらくてもやっぱり好きで好きで誇りをもってた自分の仕事を「捨ててもいい」と思ったのは、そういえばふたりの女性のことばがきっかけだったかもしれない。
「あたしの担当やってるうちは、まちがっても子ども作って産休とったりしないでね」と笑顔で言った作家と、
「作家にこんな程度しか書かせられないようじゃ、たとえ母親になってもまともな子ども育てられないわよ」と原稿を投げ返したババア。



Kさんは、いつもわたしたち現場の後輩の心の支えだった。
とにかく頭がきれて、責任感がつよく、まじめ。
よくみんなで「Kさんは『東大卒』っていうハンデがあるから」とからかったものだけど、業界人にありがちな“ハッタリ勝負”じゃなく、ほんとうに正しく仕事のできる人だった。
副編集長なんて身もふたもない中間管理職で、ストレス責めの日々。
そこからうまいこと逃げたりせず、真っ正面から波かぶってくれてた。
ババアに逆らってはくれなくても、そのぶん一番に波をかぶってずぶ濡れになってくれてた。
なにより、Kさんはもの書く人を最後の最後では愛していたと思う。畏れ、かもしれない。
作家って生き物は、自分の才能に敏感な人間に、敏感だ。とうぜん信用された。
派手なホームランはなくとも、シュアなバッティングでつねに打率を保つタイプの人だった。

一方で、おどろくほど気がもろく、口下手で、距離のはかりずらい人だった。
冗談もバカ話も、あまりうまくなかったっけ。
作家はほめるくせに、わたしたち下の者をほめてはくれなかった。
わたしが、扱いが難しいことで有名だった作家を担当して、はじめてトラブルになったとき。
「…あなたらしくないね」
そうつぶやいた彼のひとことで、逆に、あぁすこしは買ってくれてるのか、とちょっとびっくりしたのをおぼえてる。

なんだかんだ言ってつきあいのいい先輩でもあった。
超のつく競馬オタクで、夏に連れてってもらった小倉競馬場では、職場以上に口数が少なくなる姿におどろかされたり。
食い道楽なところではとくに好みのピントが合って、たまのオフにいっしょに香港にのりこんで注目のレストランを食べ歩いたり。
サッカーにはさほど興味がないようすだったけど、代表戦がある夜は、さりげなく編集部のテレビのチャンネルを合わせてくれたり。
そういえば「鮎のうまい店があるから行こうよ」って約束、今年も果たせずじまいだったな。



そんなKさんが、突然、この世からいなくなった。
わたしが辞めたあと、彼は編集長になっていた。
毎週定例の会議の朝、なんの連絡もなく出社しないのを不審におもい(たんなる寝坊ですら、Kさんにかぎってありえない)、同僚がマンションへ駆けつけ、鍵屋を呼んでドアを開け、部屋に入ってみたら、お風呂場で倒れてすでに亡くなっていた。
たったひとりで、冷たくなって。


お通夜の夜はひどい雨で、お葬式の朝はうんと冷え込んだ。
6ヶ月に入ってずいぶん大きくなったお腹をかかえ、わたしは最後のお別れにうかがうこともできなかった。
相模湾をのぞむ海辺の町は、ひたすら遠く思えた。
元同僚たちに「もう帰ってこない人間より、これから生まれる命のほうが大切だから」と説得されたし、正直、自分でもちゃんと行ってちゃんと帰る自信がなかった。
弔電は、NTTの用意された例文の中からなんとなく選んで送った。
ダンナはちょうど出張中だったので、わたしは家から一歩も出ずに、ひとり分のごはんを食べ、掃除をして、風呂に入り、ちょっとまぬけな妊婦体操をいつもどおり2セットやってから寝た。

お葬式のあと、先輩からメールが来た。
「富士山がよく見えました」
ただそれだけのメールを見たとき、やっと、Kさんがまだ46歳だったことを思い出した。





会社を辞めてずいぶんとたち、わたしはすこやかに幸せな毎日だ。
仕事にでかけるダンナはいい顔をしていて、わたしは夕飯の献立に悩み、春には家族がひとり増える。
親の病気もどうにか落ち着いた。
さいきんは、飼ってる亀が冬眠しちゃってさびしいなぁと思っていたら、ちょうど入れかわるように毎日庭に子猫があそびにくるようになって、夫婦ふたりでやれ「ミルクを残さず飲んだ」やれ「庭木で爪をといだ」といって笑いあっている。
なんの不安もなく夜眠り、朝起きる。
血眼で納期に間に合わせた本をひらいてみたら乱丁落丁だらけで回収騒ぎ…というリアルな夢で大汗かいて飛び起きることも、ここ最近ようやくなくなった。

そんななか、Kさんの死を悲しむことができないままでいる。



そういえば。
ことしALで隣の席だったおじさん。
ものしずかなふつうのおじさんだと思ってたら、じつは息子さんが工務店メンバーで、息子の嫁もレイサポで、家族そろって筋金入りでおどろいた。
おじさんの代わりに奥様がALにいらして、いつもおじさんにお世話になってまーすとご挨拶したこともある。
とってもやさしそうな方で、次の週、おじさんをさんざん冷やかした。

ホーム最終の大分戦の日。
一年間仲良くしてくれたお礼を言い、来年も年チケ継続するの?って聞いたら、おじさんは大きくうなずいた。
「じゃあ、来年はふんぱつして奥様とふたり分買っちゃいなよ! わたしの席あくから並びでとれるし」とすすめると、
「嫁はこないだ死んだんですよ」って、いつものこんにちはと変わらない声がかえってきた。
早朝、玄関前をはきそうじしてた奥様に、わき見だか居眠りだかの車が突っ込んだそうだ。
あっけにとられてなにも言えないわたしの隣で、おじさんはいつもと同じように魔法びんの日本酒をのみ、あられをポリポリつまんでいた。

「元気な赤ちゃんをうんでね」
試合が終わったあと、ほほえんでそう言ってくれた。






誰かとの別れを惜しむのは、さいわいなことだと思う。
その人の不在を悲しみ、なげく時間と場所があるのは、とてもめぐまれたことだと思う。
ただおきざりにされた者は、涙さえ流せない。
いつもどおり、ただメシ食って寝るだけ。
からだの真ん中がポッカリからっぽのまま。
『人間一生糞袋』という江戸っ子のタンカが頭にうかび、不謹慎なじぶんに思わず笑ってしまった。

いまわたしができることといえば、味方を見捨ててひとりだけ泥舟から逃げ出した、その後味のわるさをかみしめるだけだ。
だって、辞めたあとだった。
「俺が編集長になったら、副編集長にはMがいい」
まえからKさんそう言ってたんだよ、って聞かされたのは。






Kさん、やっぱり、ほめるの遅いよ。


生きてるうちに、ほめてほしかったよ。








 * * *




神戸で石さんとレッツゴーを踊れて、とってもよかったね。
スカパーの再放送ではゴール裏が映ってなくて見れなくて残念だったけど、まだ、元旦国立があるもんね。
明日、入れ替え戦がどんな結末になるかはわからないけれど、さいごにこんなしびれるおまけを2試合もプレゼントしてくれた神様には、感謝しなくちゃいけない。
しかし、ナナの引退と、オカと由紀彦の戦力外と、入れ替え戦と。
それぞれ思い入れたっぷりでエントリ立てようと思ってたのに、まさかいっぺんに片がつく展開になるなんて、想像もしなかったなぁ。




『さよならだけが
 人生ならば 
 人生なんか いりません』

とりあえずお別れのみんな、いままでありがとう。
また、いつかどこかで。
この冬は、とくべつな冬になりました。
そしてわたしは、また来る春をしずかに待つことにします。

いまはまだなにも見えなくても、
はるかな地の果てに咲く野の百合や、やさしい夕焼けや、さみしい平原にともす灯りが、
あなたたちの目に映るときが、きっとくる。
そう祈りながら。


























posted by きなこ at 16:14| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月07日

放課後の校庭を走る君がいた  遠くで僕はいつでも君を探してた

タニ、お誕生日おめでとう。


24歳。
キャプテン。
大谷秀和たる者、いつまでも「年齢のわりにしっかりしている」という評価だけじゃ、満足できません。
わたしは、もっともっと熱いタニが見たい。
調整役、じゃない。バランサー、というのもちがう。
戦うレイソルを誰よりも象徴する、ふつふつと激しい高ぶりをもっと見たい。

ほっといても玄人好みの選手として活躍するのはまちがいないのだが、
わたくしは、もうちょっと「年相応」にあばれはっちゃくな姿が見たいなぁ、と思う。
彼にひと目惚れした2005年11月26日、
あの日のタニはやんちゃで元気で、生命力いっぱいで、キラキラしてた。
激愛をささげていたはずのダータマ先生が、まぶたの奥でかすんで消えた。
当時はSS席でサテン地のガウンを着てワイングラスを回しつつペルシャ猫をなでながら双眼鏡をのぞいていたわたくしは、背番号23を凝視しながら思わず叫んだものだ。



「なにあの 超マブい子猿 !!!!」  






ごめんタニ…
でもほんとに『キュートな孫悟空』って感じに見えたのよ…



とにかく。
草津戦みたいな引け腰のタニは、俺の愛するタニではないにゃー。
いぶし銀なんてまだ早い。
チームをガンガン押し上げてひっぱっていく、そんな男気あふれる大谷秀和でいてください。







ついでなので、日々わたくしが愛でる「いい男」たちの近況について。

◆藏川洋平様

クラは一時不遇をかこつくらいがセクシーだと思います。
村上くんのようなひょっ子には到底かもし出し得ぬ、苦味ばしった大人の男の色気で勝負してほしい。
「永遠の若手」かつ「永遠の独身」「永遠のお色気担当」でいてほしい。
めざせ、レイソルのジョージ・クルーニー。


◆梁勇基様

さいきん『梁くんには大阪に残してきた婚約者がいる』という噂を耳にし、たいへん傷心の日々でございます。
個人的に、梁くんにはせつない、報われない恋をしててほしいんです。
たとえば「幼なじみで初恋の相手、だけどいまは人妻…」みたいな。
その人妻には子どもがいて、子どもにモテる梁くんはすっかりなつかれていて「リャンリャン大好きー」みたいな。
せつねぇー。


◆バラク・オバマ様

いやべつにオバマが好きなわけじゃなく、いまテレビ見てたらたまたま出てきただけっすけど。

わたしとダンナがずーっと髪を切ってもらってる中目黒のサロンのスタイリストT氏(←サッカー好き)は、非常にオバマに似ている。
もうちょっと色白で、あそこまで演説は上手くないが。
そして、同時に彼はラーションにも非常に似ている。
もうちょっと背が高く、あそこまでサッカーは上手くないが。あと、ドレッドにしてた過去もない。

オバマ ≒ T氏 ≒ ラーション

ってことは「オバマとラーションは似てる」ってことになりそうだが、全然似てないよなぁ。なぜだ。 


◆斉藤大介様

レイサポの方々にはピンと来ないかもしれませんが、京都でキャプテンしてはった斉藤さんがいまベガルタにいらっしゃいます。
『ザ・日本の職人』といったお顔立ちとお人柄で、すっかりベガサポに愛されまくっている斉藤さんですが、どうもすこし変なのです。
仙台でお気に入りのお店はできましたか?と聞かれ、「立ち食いそばです」。
よく聞く音楽のジャンルは?と聞かれ、「ジャンルで言えばアニソンです」。
ちなみに、つねに大まじめです。

最近ちょっとびっくりしたのが、
あこがれの選手は?と聞かれ、「カズさんと 稲本さん 」。
そっか、斉藤さんってあんな顔してイナよりいっこ下なんだよね。
ありえねー。


◆佐藤由紀彦様

そんな斉藤さんに『スティーブン』(←もちろんジェラードの意)とあだ名をつけた由紀彦。 
ブログの最新エントリ、Q&A大会がなかなかおもしろい。
みずから『富士の黒豹』と名乗ってますが、柏にいた頃より若汗色白になられたのではないかと…。

個人的に一番心をゆさぶられたQ&Aがこれ。




 Q:カラオケの十八番は何ですか?
 ちなみに僕は徳永英明の「レイニー・ブルー」です。

 A:カラオケはここ何年行ってませんが(笑)徳永のレイニー・ブルーと来ましたかぁ。
 そしたらこっちにも考えがあります。BOOYのオンリー・ユーという事で。







そしたらこっちにも考えがあります。
池田聡の「モノクローム・ヴィーナス」という事で。




◆杉山浩太様

最後に突然こんな名前が出てくるのには、理由があるんです。
もしよかったらおはなしを聞いてください。

*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜     *・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜

おとといのさむい夜のことです。
夢の中にコータがあらわれました。
へやのすみっこで、ぼおっと体育座りしています。
こないだ試合で90分もがんばったから、疲れてるのかな?と心配になりました。
うつむきがちに、ひざをかかえるコータ。

よく見ると、首から下がふかふかのフエルト生地でできているのです!

あまりの愛くるしさに、わたしはそっと近づいてみました。
ところが、腰のあたりの糸がほつれて、中の綿がちょっぴりはみ出しているではありませんか。

「コータくん、痛くないの?」ときいてみました。おどかさないように、しずかに、ゆっくりと。
するとコータは首をちょっとかしげてこう答えたのです。

「ううん、だいじょぶ。」


わたしはおもわずコータを抱きしめました。
そのとき、とてもすてきな音がしました。





もふもふ。





*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜     *・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜


あの夜以来、寝ても覚めても浩太のことが頭をはなれません。

もしかして、恋…?



(すまんね許してねなんせいまホルモンバランスがおかしいもんだから)



あ、古賀ちゃんも三年目の浮気…じゃなかった、四度目の正直ガンガレ。



 
posted by きなこ at 00:06| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月29日

ふり返れ 歩きだせ 悔やむだけでは変わらない 果てのない 昨日より 明日は少しましになれ





横浜M戦については、もう試合終了の笛と同時にスカーーーッと整理がついちゃってるので、中身をとやかく語るつもりはないですが。
前回あんなエントリ上げた以上、『で、実際日立台はどうだったのさ』という件、きちんと自分の目で見て肌で感じたことを報告せねばならんと思い、蛇足ぎみに書きます。



一、日立台は平和だった。

たしかに千葉県警のおぢさんたちがウヨウヨいたけど、あんな衝撃事件の後としては、こんなもんで済んでむしろ幸いだなーってくらい、のどかな空気だった。
なにより、レイサポの誰もが心配してた“アウェイ側のトイレ”、つまり

『磯便』

ですが、予想より数が多くてマシだったことにとりあえず胸をなでおろしました。
仮設で、手洗い場も洗面台もなく、水も流れない最低限のトイレ、いわゆる

『磯便』

(悪いけど、わたし、怒りと恨みと侮蔑とダメの烙印については忘却力皆無ですから)
    
ですが、マリサポさんたちにはなんとか忍耐しながら使っていただけたようで…。

語弊があるかもしれませんが、売店なんてまぁしゃあないだろうと思う。
他のスタジアムでも同程度、いやむしろあれ以下の扱いを受けることは多々ある。
だが、だが、トイレだけは。
トイレトイレ連呼するのもなんですが、でも連呼します。トイレ、トイレ、トイレ。
トイレにだけは、ホームもアウェイもあっちゃ絶対にいかんと思う。
あらためて、試合以外のとこで不要なストレスかけて、アウェイサポの皆様には申し訳ないとお詫びしたい。
うちの運営も、現状、最大限がんばってます。
なんとか仲間うちで協力しあってしのいでいただければ、とせつに願います。



一、日立台はさびしかった。

ゴール裏を卒業しAL住人になって以来、いつもだいたい試合開始1時間半前くらいに行くんです。
しけっぽい土の匂いをかぎながら公園を抜ける。
お稲荷様に五円玉投げてお詣りする。
はやる心をおさえながらゲートをくぐり、テニスコートをうきうきのぞく。

そこにあるはずの、喧騒がなかった。

わかってたけど、ショックだった。
固く固くとじられたアウェイ側ゴル裏の扉。バクスタ下の売店も、どこかひっそりとしてて。通路が、びっくりするくらいスイスイ歩けてしまう。

甘いよサッカーは戦争だよ敵は敵だよとか言われちゃうかもしれないけど、
ああ、日立台ってアウェイサポがいてくれてこその劇場だなぁ、ってしみじみ思う。
試合中は親の仇より憎いし、ぶっつぶしたいし、凹ませてやりたいし、なにがなんでも勝ちたいけれども、
でも、なんだか『同志!』って連帯感もおぼえちゃうんだよね。
あのせまいゴル裏にぎゅうぎゅうしてる人たち、どう見ても同志なんですよね。

しかし、柏の葉や国立ではなぜかそんな気持ち1ピコグラムも湧かない。
距離が遠いからだろうか。
わたし、たぶん一般的な人とくらべるといわゆる“パーソナル・スペース”が相当せまい(=垣根が低すぎる)と思うんですが、その影響かしら。
距離って、難しいっすね。
近ければ近いほど、愛もわくけど憎悪もまねく。遠ければ、傷つかないけど、さびしい。



一、日立台はやっぱりバカだった。

……って、本当はそう締めたかったんです。
「日立台には、今日も愛すべき柏バカたちの歌声が誇らしく響きわたるのであった」と。





これが、ぜんぜんダメだった。
試合の勝敗以前に。

応援、一発目のコールからすでに、マリノスに完敗でした。声量も、圧力も、気合いもすべて。

気合い気合い連呼するのもなんですが、でも連呼します。気合い、気合い、気合い。
気合いでだけは、絶対に絶対に絶対に負けちゃいかんと思う。
ゴール裏もALも、ぜんぜんダメだったです。選手がダメだったのは言わずもがな。

あの大宮戦の“黄色い壁”はどこへいった?
あれで閉店セールも終了か?





ごく個人的なことなんですが、っていうか俺個人のブログだから個人的なこと書くの当たり前か。

わたくし、ただいま妊娠中なのです。(ごく近しい友人には前からお知らせ済みですが)
いままでアウェイはもちろん、ホームもナイトゲームや天気の悪いときは泣く泣くお留守番してたが、
おかげさまで最近無事に安定期に入りまして、残りの日立台2試合も参戦予定です。ああうれしい。

こないだの横浜M戦も、ひさびさに生レイソル見れる幸せをかみしめつつ、
「おとなしくしてなよ!」「暴れちゃダメ!」という親友母娘の言いつけをしっかり守り、
全盛期(?)よりはひかえめに声を出し、そのぶん手拍子がんばってました。
今日のゴール裏はなんだか空気が抜けちゃってるみたいだなーって、違和感いだきながら。

でも、3点目決められた瞬間、もう辛抱の限界だった。
しらじらとした空気、あきらめた空気、腕組みしつつ「ほれ見ろ言わんこっちゃない」とでも言いたげな空気、
とにかく日立台にからっぽな空気が充満してるのが耐えられなかった。

MAXで声出して歌った。
「マリノスのほうが最後まで戦ってるぞ!!」って叫んだ。
腹が張って痛くなってちょっとあせった…。(←自滅orz)



というわけで、偉そうに説教たれながらごめん、俺、悔しいけどぜんぜん戦力になれません。

だからこそ、全レイサポに心からお願いしたい。
とくにゴール裏。

もっと戦ってくれ。もっと、もっと。最後まで。
どこでもついていくあなたたちの尽力、わかってる。ここまできてさすがに思うところあるのもわかる。バカみたいに四六時中声出しゃいいってもんじゃないのも十分わかってる。

そのうえで、どうかもっと戦ってください。
座して見守ってる俺たちを、誇り高く導いてください。
弱っちくてすぐ原点を見失ってオロオロ歩いちゃう選手たちのどてっ腹に、あきらめず喝をぶち込みつづけてください。




日立台のゴール裏ってのは、この世にたったひとつきりの、レイソルの心臓なんだから。
あんたたちは俺らレイサポの誇りなんだから。




俺もいまは役に立たんが、来春には無事『新規レイサポ1名』確保できるようがんばります。
(マル高どまん中なもんで、うまく運ぶかどうか保証はないがな)
もう耳聞こえてるらしいんで、みなさんの歌声、胎教にさせてくれ。
あ、ちん☆んついてた場合はまずは未来のミスターレイソル目指す。
でもまだ当分の間はどっちかわかんない。
俺があんまりにも「ち☆ちん見えませんかー?」「いつ頃☆んちん見えますかー?」って何度も聞くもんだから先生が若汗怒っている。教えてくんなかったらどうしよう。

ってわけでこの話題は終了。
俺、ここで妊婦ブログ書きたいわけじゃないので。




それにしても。
土曜日のマリノスは、選手もサポも、かっこよかった。
あんなにも真摯に戦う姿見せつけられたら、もう完敗を通り越して“快敗”です。
正直に言うが、わたし、マリノスって昔からかなり積極的にきらいでした。
強くて、華があって、スマートで、おされで、なんかギャルギャルしくて、三色傘なんてクルクル回しちゃっておまえはあれかパリジェンヌかと。
(ごめんなさいごめんなさい、喧嘩売ってるわけじゃないんです田舎者のくだらないやっかみです…)


でも、あの日、せまいせまいアウェイゴール裏いっぱいに咲きみだれたトリパラは、
本当に美しかった。



来年はあいつらに絶対に勝ちたいね。
お返しにすさまじく気がふれた勝利ダンス踊ってやろうじゃないの。


Jリーグには、いいチームがある。
尊敬すべき敵がいる。
レイソルは、もっともがかなきゃダメだ。
そのことをかみしめた一日でした。




(あ、チケ二重発券については、被害にあった対象者だけじゃなく、ちゃんと公開説明してほしいんだけどなぁ…。なぜあっちゃならんことが起きたのか、知りたいし知らされるべきだと思うけど)

posted by きなこ at 01:04| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月23日

あの日の鹿島サポと、いまのわたしと、これからの日立台。

以下、ものすごく長いです。









鹿サポの友人がいる。
大好きな友人だ。

ドイツW杯のときに現地で知り合い、ひとり参加客だった数人で仲良くなり、滞在中ずっと親しくおつきあいさせていただいた。
それ以来、代表戦があるときには集まって飲んだり、Jの試合でもお互いに「いい試合しよう」とエール送りあったり。
ちょっと年上のお姉さんだけど俺なんかが足元に及ばないほどパワフルで、好奇心キラキラで、情熱的で、チャーミングで、お仕事がら超テキパキさんで世話好きで、頼もしくて、フェアな人。
ユース世代の海外遠征にまでまめに顔出すくらい、心底サッカーを愛してる人だ。

そんなSさんは、ドイツにいる間、しばらくどこのサポかを教えてくれなかった。
俺はむこうでもおもっきし黄色いプロコンシャツ着てタオマフ巻いたりしてたんで(J2はW杯中も中断がなかったわけで、日本時間に合わせて黄色くなってた)、どなたの目にもレイサポであることは一目瞭然だったし、ほかの日本人たちともJの話でよく盛り上がった。
だけどSさんは、どこのサポか、口を開かなかった。
帰国間際にようやく鹿サポであることをこっそり打ち明けてくれたが、
「あんまり大っぴらに言いたくなくて…」
先入観をもってほしくない、というようなニュアンスだった。
当時はジーコへの評価もどん底の底の底だったし、小笠原が微妙な立場だったりしたこともあって、きっと鹿サポだからこその歯がゆさやもどかしさもあるんだろうな、って思ってた。

ただ、それ以上に、『鹿サポ』であること自体がSさんの痛みになってるように見えた。

わたしは、正直、あの時点ではSさんの表情の意味を、重く感じてはいなかった。
強豪チームのサポでうらやましい、くらいに思ってた。





なんとなく雲行きがおかしくなってきたのは、翌年にレイソルがJ1復帰してからだ。

ひさびさのカシマスタジアム。
アントラーズというチームと再び戦える喜び。待ちに待ったもつ煮。
Sさんにも会える。
ところが、わざわざアウェー側ゲートにまでやってきてレイサポを威嚇・罵倒・恫喝する鹿島サポーターの一部チンピラどものせいで、わたしもSさんもその場から移動することができず、「危ないし怖いから今日はやめとこう」ということで会うことができなかった。
その後べつの場でSさんに会ったとき、わたしは無神経にも中心団体の蔑称を使って「あの馬鹿どものせいで不愉快だった」と彼女にぶつけてしまった。
「本当に申し訳ない。あいつらは鹿島の恥」
Sさんはわざわざ頭を下げてくれ、苦々しげに言った。

もちろん、だからといって鹿サポ全体を敵視するつもりなんてこれっぽっちもなかった。
中心団体がかなり問題を抱えた組織なのは昔から知っていたけど、どこのサポにもまずい部分はあるものだ。
実際、柏にだってひどい大事件を起こした過去がある。
「困ったもんだよね」「いつかトラブルにならなきゃいいけどね」と愚痴りあう程度だった。





ところが、それ以降、あちこちのスタジアムでぼこぼこと事件が起こる。
鹿サポの関係することも、新聞沙汰とまではいかずとも、連続で奇妙に目立っていた。







そして、今年の9月20日。

悪夢の一日。
思い出すだけで、いまだに、キーボードを叩く指が怒りでふるえる。


Sさんの柏到着が遅れたこともあり、試合前にフードコートで会うことはできなかった。
試合後は、当然、Sさんの存在も忘れていた。
なんとか日立台をあとにして、常磐線に乗り、奥歯がくだけそうなくらい噛みしめて憤りをおさえようとしていたとき、
Sさんからメールが来た。
「鹿島の恥です。ごめんなさい」
その瞬間、限界からあふれてしまった。


「『一部のバカの仕業』といつまでも見逃してていいのかな」


そう返してしまった。
「今日はひきわけてよかった。うちが勝ちでもしてたら、もっとひどい目に遭わされたでしょうから」
こんな八つ当たりまで書いてしまった。
われながらひどいな、と思った。
付け足すように小笠原が重傷じゃないように祈ってます、とも書いたけど、自分でも欺瞞だなってわかってた。


でも、ピッチ内外であんなひどい光景を目撃したあとでは、もう「困ったもんだよね」で済ませることはできなかった。
わたしにとっては、もう、一部団体だけの問題じゃなかった。
もう、あいつらの団体名の蔑称だけで片づけたくなかった。




わたしたちの聖地を汚された。
鹿島アントラーズのサポーターに。






それ以来、Sさんからのメールはない。




(ちなみに…わたしはプレー中の小笠原にブーイングいっぱい浴びせたし、彼が倒れた瞬間にはこのままピッチを去ってくれと期待した。ただ、例の場面では「拍手はやめようよ」ってまわりに向かって言った。怪我人に拍手するなんて、あの瞬間のALのゆがんだ熱気には、正直胸糞悪かった。
だけどそんな小さな声は何の役にも立たず、なんでもっと大声で叫ばなかったのか、いまだにおのれのケツの穴の小ささを恥じています)
 









なんでいまさらグチグチこんなことを蒸し返してるのか。

あの事件については、鹿島アントラーズの対応が明確になってから、そしてわが柏レイソルの今後の対策が発表されてから、書こうと思ってました。
(Jリーグ側からのアクションなんてはなから期待してない)
クラブ間で一応の決着をみるまでは、時間をおいたほうがいい。
そうでないと、鹿サポにむけてありとあらゆる呪詛の言葉を吐きつけかねなかった。
Sさんの顔が脳裏をよぎる。
もう、あのときのメール以上にひどい言葉を、友人にぶつけたくはなかった。



だけど。

鹿島の『サポーターズミーティング』の議事録の、あまりの馬鹿馬鹿しさ。
昨日レイソルからリリースされた日立台の運営変更の、さびしさ。

悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて、
やっぱりキーボードを叩く指のふるえは止まりそうもない。



だから支離滅裂だけど胸の中のごちゃごちゃを全部さらしちまえと思いました。
一般論じゃなく、建設的な意見とかサポーターとしての前向きな提言でもなく、
あくまでも“わたし”の話。
これを吐き出さないことには、やっぱり、ぜんぜん先に進めない。











ずっと、鹿島アントラーズというチームに尊敬の念を抱いてきた。


中2のときの文集を開くと、他の生徒がまじめに作文書いてる中、わたしのページにはなぜかリトバルスキーの似顔絵と西ドイツ国旗が書いてある。
ご多聞にもれず『キャプ翼』でサッカーに目覚めちゃって以来(当時は岬太郎に惚れすぎたせいで頭がおかしくなっており、担任が朝礼で出欠をとるときも「岬さん!」と呼ばれないと返事しなかった ←アホ)、サッカーマガジン読み漁ったりサッカー部の顧問を追いかけまわして質問攻めにしたり、とにかくいろいろ小知恵をつけた。
1982年のW杯スペイン大会を知った。
リトバルスキーに惚れると同時に、もちろん、ブラジルの『黄金の四人組』の存在を知った。
とりわけ、ジーコに憧れた。
まさか日本に来て代表監督になる時代がやってくるだなんて妄想すらできなかった。
ヒトリデデキターのおじさんになってしまうまでは、俺の脳内ではジーコはずーっとかわみなみの『シャンペン・シャワー』の「ディッコ」そのものでした。(これ読んでないサカヲタ女子なんてモグリですから)

ジーコが日本でサッカーする。
それも、田舎の小さな町の、2部リーグのチームで。
信じられなかった。


そこからのJの発展、鹿島アントラーズの栄光、ジーコの偉業については、語るに野暮だ。

(代表では本当にひどい目に遭わされたけど。
 ジーコにはせめて俺の100万円返してくれよと訴えたい)



わたしはガキの頃から家族の影響で野球もラグビーもかなり好きで見ていたのだが、
鹿島アントラーズというチームには、なぜかいつも新日鉄釜石ラグビー部、あるいは赤ヘル黄金時代の広島東洋カープがかぶる。
ユニの色だけじゃない。
チームのたたずまい。
応援する者たちのにおい。
ホームグラウンドの空気。
はじめて鹿島に行ったとき、真紅に染まったスタジアムのいたるところでひるがえる旗が、大漁旗に見えた。
釜石のおっちゃんたちがブンブン振りまわしてた、あの大漁旗。
胸が熱くなった。


川崎出身、読売ランドの近所で育ったもんで、J開幕当初はいちおうヴェルディ川崎のサポーターをやってたが、クラブに愛想つかしてやってられなくなって、その後はひたすら日本代表を追いかけつつ海外サッカーをぼちぼち見て、ところがある日名波浩という選手に惚れ、ジュビロを応援しつつナナギャルやってた。
そんなわけで鹿島と磐田の二強時代も“敵”としてよく知っている。


それに、誰がなんといおうが、俺にとっての日本代表の左サイドバックは、相馬直樹だ。




ああなんでこんなにダラダラくどく書いてるかといえば、
わたしがどれだけ鹿島アントラーズという存在に特別な気持ちを抱いてきたか、それを伝えたいんです。
Sさんに。そして鹿島アントラーズを愛する人たちに。





いまでも、鹿島アントラーズの選手たちには敬意をもってる。
憎たらしいけど、本当にサッカーが上手くて強くて、すばらしい選手たちだと思う。心底憎たらしいけど。

カシマスタジアムは、何度訪れても、いいようもない感慨がこみあげる。
日本のサッカーの歴史をしずかに、でもたしかに感じることができる場所だから。


だけど、というか、だからこそ、
もう二度とカシスタには行かない。
あんなクラブに少しでもお金を落とすような真似はしたくない。

わたしはいまだに鹿島サポーターを許すことができないままでいる。
Sさんに「ひどいこと言ってごめんなさい」って謝りのメールを送れないままでいる。






どう表現すれば、あなたたちにわかってもらえるんだろう。
わたしが日立台をどれだけ愛しているか。
本気で、死んだらこっそり骨を日立台の片隅に埋めてほしいって思ってるんだ。(ダンナの了解もとりつけ済み)


ちっちゃくて仮設でボロくてせまくて雨宿りさえろくにできなくて1万ちょっとでぎゅうぎゅうだけど、
こんなにも“サッカー好きのためだけにある”スタジアムは世界中どこにもない。

自分たちの手で聖地を汚す大事件を起こして以来、
レイソルはクラブもサポーターもひとつになって、
自分たちの手で聖地をふたたびよみがえらせる努力をしてきた。

陽射しのふりそそぐフードコートで、敵味方なくみんながビール飲んで屋台にならんでまったりしてる光景も、
ゴール裏のネタに、アウェイ側からダメ出しされちゃったりする光景も、
レイくんがアウェイサポを煽りに行ったのに逆に愛玩されちゃったりする光景も、
帰りの三小通りで、やっぱり敵味方まじってトボトボ歩いてる光景も、
いつもいつも、日立台は幸せでいっぱいだった。

試合に勝とうが負けようが、他サポが「やっぱ日立台いいよなー」って言ってくれることが、じつは一番うれしい。
でしょでしょ?
また来てね!
チケとりづらくて迷惑かけるけど、日立台こそが最高のおもてなしだと信じてきた。


あの日までは。




鹿島にとって『ジーコ・スピリッツ』がひとつの象徴であるならば、
柏にとっての魂は、まちがいなく『日立台』そのものだ、と思う。

すくなくともわたしには、何にも替えられない、この世にひとつだけの誇りだ。


その誇りを踏みにじられた悔しさを、どうすればわかってもらえますか。
怒りと悔しさと悲しみであの晩一睡もできなかった、わたしの気持ちはどうすれば伝わるのだろう。










鹿島の『サポーターズミーティング』議事録を読んだときの驚きを表現するのも、難しい。
言葉を選ばずに、思ったまま正直に書く。



まず、危機感および当事者意識ゼロの社長。
この人の頭の中身が、北の湖とまったく同じであることにあぜんとした。
横綱が巡業さぼろうがリンチで人が死のうが力士が大麻やろうがとにかく「親方の責任だと思います」のひと言で済ませようとした、
親方の言い分だけ聞いて「きっちり事情聴取した」「重く受けとめなければいけない」とかぬかしやがった、
ひとりふたり形式的に処分した程度でお茶にごそうとしやがった、
けしてみずから範をしめそうとしなかった、
あの無能な前理事長といったいどこがちがうというのか。

まぁ、どこからどう読んでも「責任とる気も改善する気もまったくありません」って本音丸出しの議事録をちゃんと公開した姿勢だけは、逆にあっぱれと褒めたくなるくらいだ。
わたしが鹿の広報なら恥ずかしくていたたまれなくて業務放棄するかもしれない。
(都合の悪いとこは修正しまくっただろうが、それでもあれが限界だったんだろう。同情すらおぼえる)


さらに、フロント側と同じドアから堂々登場したらしい、コールリーダーなる人物の発言。

「インファイトとしてやっているとそういうもめ事に巻き込まれるのは事実です。良く思っていない人が必ずいるし、アルコールが入って絡まれたりすることは多々ある。自分から行くことはないのですが、それでも相手が来た場合は仲間を守るしかない。知らんぷりはできません。仲間意識が強いから大問題になることもあります。暴力事件はいけないのはみんな分かっています。」

日本語がずいぶん不自由な方のようですので、
『盗人猛々しい(ぬすっとたけだけしい)』という言葉もきっとご存知ないのだろう。

あの日の鹿サポの愚行の数々は、他のブロガーさんたちが仔細に書いてくれてるので、
わたしは、わたしの目で見たことだけを書きます。
試合前と試合後、それぞれ目の前で見た鹿島サポーターの数人の姿を、いまだに忘れることができない。
吐いた台詞の一字一句も、そいつらの顔も、しっかり脳裏に焼きついてる。

わたしが試合開始の1時間半前に日立台に到着したとき、西ゲートの手前で、鹿サポの男がふたりがかりで、運営スタッフらしき人ひとりに因縁をつけていた。
煮しめたような小豆色のそろいのTシャツを着て、ふたりとも片手にビールの缶、片手にチューハイの缶(もちろんロング缶)を持ち、酔った息をスタッフの顔に吐きかけるような距離でグダグダからんでいた。
場内に缶をもちこませろと言ってる様子だった。
ああまた馬鹿磯がやってるよ、とあきれつつ横を通りすぎようとしたとき、ひとりの台詞が聞こえた。

「……だーかーらー、俺らだって暴れたくて暴れるわけじゃないんだよ。
 でも若いやつらが盛り上がって暴れちゃったら、ぶっちゃけ止めらんないわけよ。
 俺らべつにはじめっから暴れるつもりないわけよー。
 でもみんな暴れだしちゃったらどうしようもないじゃん? あんたたちだって暴れてほしくないでしょ?」 

また、試合後(というか試合終了前だけど)バクスタ通路からホーム側ゴール裏の入り口まで侵入し、物を投げたりボランティアスタッフにつかみかかったり一般サポを追っかけ回したりしていた鹿サポの男ども。
やはり煮しめた小豆色のTシャツを着ていたが、試合前の酔っぱらいとはちがう柄だった。
そのうちのひとりが、手足ふりまわして目がいっちゃってるやつを羽交い締めにした。
やや良識派と思われるひとが、仲間の狼藉を止めながら、こう叫んでたのだ。

暴れんな!
 これ以上暴れんな! もどれ、もどれ!
 いいか、もうここではぜってー暴れんなよ! いいな、暴れんなよ!」
  

ああ、この人たちは徹頭徹尾『暴れる』『暴れない』ってことが行動規範なんだなぁ、とよくよくわかりました。

この人たちの実際に言ったことやったことに照らし合わせ、コールリーダーとやらの発言を正しい日本語に翻訳すれば、こうなります。

「インファイトとしてやっているとそういうもめ事を起こすのは事実です。良く思っていない人が必ずいるし、アルコールが入って絡んだりすることは多々ある。自分から行くことがほとんどなのですが、相手が歯向かってきた場合は徒党を組んでさらに攻めるしかない。知らんぷりはできません。仲間意識が強いから大問題になることもあります。暴力事件はいけないなんてみんな思っていません。むしろのぞむところです。」


どこかまちがってる?







そして、議事録の中で、フロント側やコールリーダーに一生懸命食い下がっていた、一般サポの人たち。

読んでて、せつなくてたまらなかった。
きっとみんな半ばあきらめにも似た心境で、それでも一筋のかすかな光を信じ、わざわざあのミーティングに出席し、ありったけの勇気をふりしぼって発言したんだと思う。
文書上では『参加者』という味気ない単語で片づけられてしまってるけれど、
どんな人なのか顔は見えないけれど、
あせり、とまどい、いらだち…、いろんな感情を抱えたサポーターの姿が目に浮かぶようだった。
ちょっと救われたような気がしました。

あれ読んだら、あのミーティングを「茶番だ」と鼻で笑うことなんてできない。

そもそも鹿サポさんのブログをあちこち読んで、多くの人が真摯に考え、悩んだり憤ったりしてること、よくわかってます。
そういえばあの日、日立台をようやく脱出したところで、ひと組の鹿サポカップルに「すみませーん、写真撮ってくださーい」と無邪気に頼まれた。
おもっきし鹿のレプユニ着た、笑顔のカップル。
こっちがわはあからさまにレイサポの群れ。
おいおいこいつら正気かよと一瞬面喰らったけど、よく考えたらこれこそいつもの日立台の光景だった。
きっとはじめて日立台に来てくれたんだな。楽しんでくれたかな。ピッチの近さ、喜んでもらえてたらいいな…。




わたしだって、「鹿サポ」なんてひとくくりで語る乱暴なやり方、本当はしたくない。






でも、頭ではそう思ってても、心はまだ、ぜんぜん割り切れないんです。

泥酔して暴れまわる鹿サポを、見て見ぬふりしてた鹿サポ。
大旗で選手をつつこうと走る鹿サポを、止めなかった鹿サポ。
にぎった拳ふりかざす鹿サポと、それを必死に制止しようとした鹿サポ。
「一部の馬鹿」な鹿サポと、彼らのリードで歌いコールしつづける鹿サポ。
あの小豆色のTシャツ着た鹿サポと、
初めて日立台に来たであろう鹿サポと、
何があったか見えなかった、知らなかった鹿サポ。
心からアントラーズを応援してる鹿サポ。
いつかカシスタで見た、誇らしげに旗をふる鹿サポたち。

大好きな友だちのSさん。




わたしは誰を責めて誰をかばえばいいのか、まるでわからない。
いったい誰をにくめばいい?










レイソルは弱っちいし、どうにもヘタレだ。
「何冠」なんて輝かしい歴史もない。A代表に呼ばれる選手もいない。
スポーツ新聞にはいまだに“トラブルメーカー”扱いを受ける。
勝てなくて、ポロポロ負けて、お願いだから残留しておくれよぅなんて祈るようなへぼい状況だ。
選手もサポも、なにかにつけびぃびぃ泣いてばっかりいる。

だけど、いまほど柏レイソルのサポーターであることを誇らしく思うときはない。

クラブは今回のことについてまごつきながらも誠実に対応してくれてると思う。
主催者責任ってやつをしっかりとらえて、いまできるかぎりのベストを尽くしてくれてると思う。
少なくとも、サポにむけて、すみやかに、ていねいに、発信してくれてる。
運営ルールの変更も、めちゃくちゃ悔しいしさびしいけど、信頼して支持します。

うちのコアも、本当に立派だと思う。バカだけど。
もちろん中心部が復活してからずっと「仲間」として「リーダー」として認めているし、だからこそ彼らのしきりをすすんで受け入れてきたけれど、あの日のコアの「あんなやつらと同じ土俵には立たない」「もう二度と過ちをくりかえさない」って姿勢を間近にして、ああまちがいなく生まれ変わったんだな、ってしみじみうれしかった。
調子乗りすぎて下品でひんしゅく買うこともあるけど、暴力を容認するような最低なメンタリティだけはどこにもないって信じられる。
ちょっと尊敬しました。
バカだけど。
ちなみにカタカナの「バカ」は誉め言葉だけど。


そして、にもかかわらず、向こうの馬鹿の挑発を真に受けて相手した“一部の馬鹿”がレイサポ内にもいる。
わたしはそいつとひとくくりに「柏サポは…」となじられても文句は言えない。

 
のどかで幸せな日立台のままではいられなくなったけど、『安全で快適なスタジアム作り』めざしてできるかぎり努力しなければ、と思う。
他サポのみなさんに安心して来てもらえる日立台をとりもどさなくちゃいけないと思う。
クラブ、選手、サポ仲間といっしょになら、できると思う。








鹿島アントラーズのサポーターは、どこをめざしてるんだろう。
やっぱ「12冠」なのかな。










きりがないから、もうこれで終わりにします。


わたしは、生まれてくるわが子に、日立台を見せる日を楽しみにしてきた。
かあちゃんの愛する日立台は、こんなにもすてきな場所なんだよ、って。
かあちゃんの大好きな柏レイソルは、こんなすげぇスタジアムで、すげぇサポたちと一緒に戦ってるんだよ。

はじめての遠出はぜったい日立台、って決めてる。(これもダンナの了解とりつけ済み)

来年必ず上がってくるはずのベガルタ仙台と、絶対残留してるはずのレイソルで、また死闘くりひろげるんだ。
んで、ベガサポのダンナには悪いが、日立台ではチビにはレイソルのユニ着せるぜ。
でもまだ早すぎて無理か。
とにかくその日を心待ちにしてきた。

でも、もう、わたしが惚れた日立台と、わが子の目にうつる日立台は、別モノだ。
ベガサポとレイサポと、いっしょにオカの悪口言いながらメシ食うなんて夢も、もうかなわない。
それが心から残念でならない。



Sさん、直接メールを送れないままで、ごめんなさい。
ひどい八つ当たりして、本当にごめんなさい。
今度会えるときには、日立台で、うちの子抱っこしてほしかったです。











posted by きなこ at 08:03| Comment(18) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月05日

it's like a new generation calling, can you hear it call?






人生で大切にすべき“3つの袋”といえば、
「給料袋」
「おふくろ」
「例の袋」

ですが、

レイソルには“3つの坂”があると申します。それは、

「上り坂」
  
「下り坂」
  
「まさか」 ←今ここ








わたくし、ちょっとゆえあってしばらく生観戦お休み中だったんですね。
第22節の清水戦以降、ホーム、アウェーともにスカパで観てた。結果、全負け。
第25節の日立台での鹿島戦だけ行けた。ここだけかろうじてドロー。

『もしかして、俺がスカパで観てるのがいけないのか?』

そういえばひきわけた埼スタの浦和戦は、BS-iだったっけ。


というわけで、昨夜はいっさいスカパ見ませんでした。


しかし気になる。
はげしく気になる。
あまりにも気になるので、前半終了の頃に「一度だけ…」とモバレイの試合情報のページを開いてしまった。

細目でこわごわ見ると(←直視できないヘタレ)、

「得点」
村上佑介
村上佑介
村上佑介

と書いてある。

ああ、オーチョさんついに壊れちゃったな、って思った。
これは

「警告・退場」
村上佑介 ←カレー
村上佑介 ←カレーおかわり
村上佑介 ←キムチ盛り合わせ

って書く場所まちがえちゃったんだな、と本気で思った。



でも、ちょっとおかしいなーと、念のためべつの速報サイト開いてみた。 

(;゚д゚) ・・・

 
(つд⊂)ゴシゴシゴシ

  _, ._
(;゚ Д゚) …!?



ごめん、ちょっと意味がわからない。


あまりの意味不明ぶりにおそろしくなり、おもわず現実逃避で『オーラの泉 2時間スペシャル』に見入ってしまったわたくし。




試合終了から1時間以内で、他サポの友人たちから『村上って誰よ!?』ってメールが5件もきました。
こっちが聞きたいっすよ。
あの、柏市民文化会館大ホールで次郎とふたり不自然なほど直立不動だった村上くんが、
あの、去年からケガの治療しに来てるとしか思えなかった村上くんが、
あの、その後安心してスカパつけてAGSを観てみたら思ったほどイケメンじゃないことが判明した村上くんが、


まさか、フランサに「パスよこせ!!」と要求できるような選手だったとは(ノ∀`)



(なんかさ、しゃべってる顔の上半分が波戸で、鼻から下はイワオって気が… >村上くん)



個人的には村上くんのお顔をギュッ!てする古賀ちゃんのうれしそうな笑顔に(*´Д`)ハァハァ
古賀ちゃんって、ドゥーとかDFの子たちがゴール決めると、それはもう本当にクシャクシャの顔して祝福しに行きますよね。若い子たちの頑張りが自分のことのようにうれしいんだろうな。
胸にきゅんとくる光景。



つまり何が言いたいかというと、


俺が観なければ勝てるんじゃないか。


(あると思います。)


残りホーム3試合は行けるんだけどなぁ…
これだけは行っときたいんだけどなぁ…
日立台には行くけど試合観なけりゃいいのか。シミスポか。






とにかく、ひさびさにちゃんとスパサカ観たあとは、祝杯ということで
アルフォートひと袋一気食いしました。





ということで、ちょっとまじめに。

この一勝は、本当に大きい。
勝ち点だけの問題じゃない。
選手も、サポも、「信じる」ことは絶対に「力」になるんだって、あらためて確認できた90分だったと思うから。

レイソルの一番の売りって、みんながバカみたいに「信じてる」ことだと思うんです。

こないだの拓ちゃんのブログ。ガンバ戦のハーフタイム。
スゲの言葉。
タニの言葉。
太田くんの言葉。
イシの言葉。
フルベの言葉。
キタジの言葉。
石さんの言葉。
拓ちゃんの、言葉。

あれ、ぜんぶ、「信じてる」から出る言葉だよね?
だから、そんな言葉を目で追いながらあんなに泣けちゃうのも、「信じてる」証拠のうれし涙だよね?

昨夜のナクスタを埋めつくした真っ黄色がどこまでも力強いのは、「信じてる」想いをありったけこめた声のチカラだよね?

(スカパ観なくても、みんなの声がどれだけ選手の背中押したか、手にとるように想像できる。
 現地組、本当に本当にありがとう!! レイサポほんま最高じゃー)


だから俺、ぜんぜん心配してない。
危機感はもっても、怒りや苛立ちはないよ。
根拠はまったくないけど、いまは、うちの選手もサポもなにがあっても大丈夫だって信じられるもん。

まだまだ厳しい戦いはつづくけれど、迷わず・ブレず・恐れず、信じた道を歩いていきましょう。
みんなで。

明けない夜なんてない。
太陽は、かならず新しい朝を連れてきてくれるんだから。



(;¬_¬).。oOО(とりあえず俺は次のサポーロ戦も観ないからみんな安心汁…)






おまけ。

今朝は明け方に朝刊が届いた瞬間、えいっ!と起き出し、いそいそ各紙読んでみた。
ニッカンなどスポーツ紙はふつうに村上が大きくて満足。
しかし、東京新聞を開いてみたら…

hashimoto....jpg

ガンバの橋本がアリエナイことになってました。
(ぜひクリック拡大してご覧ください…)


posted by きなこ at 19:45| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月27日

降りそそいだ陽ざし浴びて 胸をはる ひまわりに








たっちゃんについて真っ先に思い出すことといえば、じつはゴールシーンではなく。
折り目正しい好青年の笑顔でもなく。

ドリブルで突っ込んでって、DFと競って、倒されて、でもなぜかファウルとられるのは必ずたっちゃんのほうで。
それでもこれ見よがしに不満をアピールすることなく、
すぐまたスクッと立ち上がり、前を見つめて全速力で駆け出して。

どういうわけか、そんな姿ばかり浮かんでは消える。


         *


不器用な人なんだろうな、って思う。
とことん自分自身に集中する人なんだろうな、って思う。

だから、試合中、ときに「たっちゃん、もうちょっとまわり見て!」って苛立つことも正直あった。
素晴らしいゴールを決めたあと(そもそも彼のゴールはどれも網膜に焼きついて焦げついちゃうようなものばかりだ)、いつもひとりで喜びを体内小爆発させているように見えた。
いつも練習場でグラウンドのまわりをぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、バターになっちゃう寸前まで走ってるのも、サッカーのためとか体力向上とか脚のリハビリとかそんなの超越しちゃって、「この人は単に『走ってない自分』を許せないんだろうな」って解釈してた。

もうちょっと、肩の力抜けばいいのに。

良くも悪くも、四六時中“ひたむき度120%”のたっちゃんは、もどかしいようなまぶしいような、
だからどうしても目を逸らすことができない存在だった。


          *            


「すずーきたつや! すずーきたつや! すずーきたーつーやー!」

たっちゃんコールの響きわたる日立台が大好きだ。
スタジアムが笑ってるから。
レイソルの応援コールはどれもかなり野郎臭いので、叫んでるとどうもカツ上げ中のヤンキーみたいな顔になってしまうんだが(俺だけ…?)
たっちゃんコールのときだけは、ふしぎに笑顔。みんな楽しげ。

おもきし声高らかにたっちゃんを祝福しよう。

いつもそう思いながら歌う。


          *


さびしいのかさびしくないのか、よくわからなかった。

ずっとスタジアムに通ってるサポなら、みんなどこかに予感はあったはずだ。
他サポから「鈴達か菅沼おくれよぅ」なんて言われることも多かったし。
いつか柏を出ていく人なのかもしれないな…って思ってた。
わたしはゲーフラを掲げたり、22のレプリカを着たり、ファンサでサインをもらったりするような“たっちゃん好き”ではなく、あくまでひとりの選手として見守ってきたつもりだった。

それなのに。
たっちゃんの最後のブログ読んでみっともないくらい泣いた。


『僕が初めてプロサッカー選手に成れた場所が日立台でよかった、
 僕にとって初めてのサポーターが皆さんで本当によかった。』


たっちゃんがいなくなっちゃったら、俺の隣の席のおじさんが元気なくなっちゃうじゃん。
まるでわが子であるかのように「たつや〜、たつや〜!」って、声上ずって腰なんか浮いちゃってんだよ。
おじさんも、今頃ちょびっと涙ぐんだりしてるかな。


          *


ひと晩たっても、さびしいのかさびしくないのかわからない。

でも、
たっちゃんが緑の芝の上を走りつづけるかぎり。
わたしたちレイサポはずっとずっと彼のことを祝福しつづけるんだろう。

だから、どっちだっていいや。
立ち止まってるたっちゃんなんて、たっちゃんじゃない。
ほんとは帰ってきてほしいけど、FC東京さんにもらわれることなってもかまわない。
さらにべつの修行の場に旅立つことになってもかまわない。

ユニの色がちがっても、俺たちのたっちゃんは、いつもひまわりみたいな笑顔でボールを追いかけてるはずだから。


鈴木達也選手のめざすべきゴールは、彼の駆けていく先に必ず待っている。






FC東京の皆様、どうかたっちゃんをよろしくお願いいたします。

そしてたっちゃん、
サッカー選手でいてくれて、本当にありがとう!












posted by きなこ at 22:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

風鈴の音でウトウトしながら  夢見ごこちでヨダレをたらしてる







こないだの土日は『ザ・夏休み』ってな週末でした。

土曜日は「手賀沼花火大会」。食欲魔人B氏&C氏夫妻がとってくれた桟敷席。
そのままお泊りして、つぎの日曜日は「柏レイソル夏祭り2008」じゃー。
あ、お昼ごはんは手打ちそばしたんだった!!

楽しすぎるだろコレ( *‘∀‘ )ノ





matsuri 1.jpg
手賀沼の夕暮れ。

桟敷席って、水際ぎりぎりの石畳。視界をさえぎるものが何もない特等席!
(そのかわり酔っぱらってコケたら水没確実)

それではしばし美しい花火をご観賞ください。

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こんなかわいい花火もあったんだよ。
(写真提供/ばさら from 行け行け団〜柏れいそる〜)


C氏が唐揚げとかポテトとか鯖寿司とかピクルスとかいーっぱいお弁当こさえてくれて、ビールもたっくさん持って。
ゴクゴクもぐもぐやりながら花火見てると、上から降ってくるものがある。なんだろ!?って拾ってみると、これが玉皮の燃えカス。それくらい頭の真上で花火が上がってるのだ。

とにかく、こんなド迫力の場所で花火見たの初めて。
サイコーヽ(´∇`)ノ




んで、翌日。

お昼はこれまたお楽しみ企画の「手打ちそば」。

sobauchi-dekita!!!.jpg
( ↑ 写真撮りそこなったので、かわりにこないだ打ったときのやつ)

じつはGWに3人で柏市内のおそば屋さんにそば打ちを習いに行ったのである。それですっかりハマったのである。
B氏はすでに免許皆伝の域である。
ちなみに彼は「小籠包の巨匠」であり「広島風お好み焼きの師範」であり「麻婆豆腐の達人」である。

そしてこの秋には「手作りソーセージのマイスター」となる予定である。





閑話休題。



午後はまるまるレイソル祭り!

とにかく暑い。とめどなく発汗。日焼け止めまるで意味なし。

あんな熱気と湿気の中、一日中準備に運営に片づけに…と動いてくださったスタッフ、ボランティアの皆様に、心から感謝感謝です。


まずは おさわり ふれあいタイム。

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イワオ、その紙コップの中身はなんだ。正直に吐け。

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孝行息子と魔法使い

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人柱となって屋根を支えるカトゥー

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嫁さんが元ヤンのキタジ


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クラ「きみに捧げるジントニックさ」

きな「ありがとう。でもちょっと薄いわね





つづいてクイズバトル。

Cチームを応援した理由は、
古賀ちゃん → せっかちだから早押し強そう
パンゾー → 自分のこと物知りだと思ってそう
たっちゃん → おりこうさん
大津くん → 脳が若い
すげーの → 頭の形は悪いが中身はいいはず
澤 → Cチームの唯一の不安材料だった次郎の穴を埋めてくれてありがとう


お絵描きバトル。
お題:『レイくん』


matsuri 12.jpg
これが正しいレイくん。


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フランサ画伯の描いたレイくん。スパイクはミズノ。

これを見た瞬間のポポの「あqwせdrftgyふじこlp;@:!!!!!!!」という驚愕の叫びが忘れられない。


matsuri 13.jpg
澤にとってのレイくん。「あれはレイくんです」と石さんも認定。

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石さんずっと笑顔(´∀`)



次のお題:『アンパンマン』


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これが正しいアンパンマ(ry

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パンゾー作『病気療養中のアンパンマン』(ノД`)

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ミノル作『カメラ大好きでフレームアウトしたアンパンマン』
ミノル可愛いよミノル(*´Д`)
でもチームで一番KYなんだね



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なぜかずっと立ってたCチーム

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優勝シタワァ*・゚゚・*:.。..。.:*・゚(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゚゚・*


matsuri 19.jpg
すげーの「今日は俺のライヴに来てくれて本当にありがとう!」
ジャイアンリサイタルか。
とにかく終始ウザくてイラッとしました。


俺的には、優勝への分岐点は澤の「V6!!」という解答だったかと。(←見てた人にしかわからんな)
「フォーリーブス」とか答えたらどうしようかとドキがむねむねしましたが、杞憂でした。




で、ここからがクライマックス。
キタジ率いるAチーム+レイくんが、レイソル名物、罰ゲームの一発芸。


matsuri 20.jpg
当然スベる。

matsuri 21.jpg
「フルベさぁ〜ん、た〜すけて〜!!」

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満場の拍手の中、小躍りしつつフルベ登場。

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熱唱。

かいつまんで説明すると、キタジの嫁さんは元ヤンだけど、すげのの頭を横から見ると角度が90度で、次郎がハンドで退場しつつミノルは線審に怒られた…という一大叙事詩でした。
すばらしい歌。卓越した歌唱力。あいかわらず珠玉の一発芸。


しかし。
このとき。
フルベの陰にかくれながら、人知れず戦慄のパフォーマンスを披露していた者がほかにもいたことを、あなたはご存知だろうか。



もう一度、写真をよく見ていただきたい。
matsuri 23.jpg





























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ドアラの必殺技『静止芸』を体得したレイくん。(うしろの太田の表情にも注目)





matsuri25.jpg
そんな歴史的瞬間もつゆ知らず、お調子者のフルベは去ってゆくのだった。(古賀ちゃんウケすぎ)





あたくしあんまりよそのファン感見たことないのでわからないんですが、
一番盛り上がるのがフィジコの一発芸って、そんなクラブ、ほかにあるのか。
いいのかこんなことで(;¬_¬)



ともあれ、優勝のごほうびにピッチで選手といっしょに写真撮れてうれしかったー。
もちろん壁紙にしてるのことよ。


(´∀`).。oO(すげーののちょっぴりななめ後ろにいますよ)
posted by きなこ at 21:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

道はもう混んでないよ 腹はもうへってないよ あとは君に会いにいくだけ







こないだの三連休は、東京 → 前橋 → 仙台 → 東京 の激走約900q。
もちろん、梁くんに会いに行くためです。


ダンナ様…つきあってくれて本当にありがとう(*´∀`*)




しかし、ネタはいっぱいあるのだが、東京に帰ってきてからずっと体調不良で(ダンナいわく『梁くん病』)写真の整理とか全然できないので、とりあえずメモがわりにうp。




shikishima.jpg

2年ぶりの敷島改め正田醤油スタジアムキター


とにかく暑さ対策ってことで、お茶を凍らせてったり冷えピタ&保冷剤大量に持ってったりしたんだけど、現地に着いてみたらそれほどでもなくてちょっと拍子抜け。むしろ時折吹く風が心地よかったり。
試合開始の頃はけっこう涼しかったっす。

駐車場に着いたのがちょうどキックオフ30分前くらいだったので、シャトルバスはぎりぎりアウト。
で、定額タクシーに乗ろうと歩いていたら、男性がひとり乗り場に向かってた。
どうせなら相乗りしたほうが…と声をかけたのですが、これがなかなかに縁は異なもの味なもので。
雑談の流れで「俺、今日はにわかベガサポですが、じつは柏レイソルサポで」って話したら、
なんと、「僕、学生時代ずーっと柏に住んでたんですよ!」とのこと。豊四季に住んでたそうだ。
で、柏の話、草津の話、登利平の話(笑)で盛り上がりまくり。
ふだんJはあんまり見ないし草津の試合も初めてだから選手も知らない…ってことだったので、

「ザスパの背番号14 熊林は超いい選手だから覚えとくように!!」

って念押しておきました。




ダンナの仕事の都合で出発が遅れたので、スタ着がぎりぎりになってもうた。
彼はひたすら「キックオフには間に合うから大丈夫」と繰り返していたが、ちがうんだ。

俺の心配は

「登利平の鳥めしが売り切れるんじゃないか…」

ただその一点だったんだ。


ギリギリ間に合ったおヽ(´ー`)ノ

shikishima1.jpg
ダンナは初登利平。うまさに感動しておった。
何時間も運転させられたあげく試合自体もgdgdだったのでややご不興であったが、登利平でちびっと挽回できた。

そういえばタクシー相乗りのおにいさんは「なにかイベントがあると必ず登利平の弁当だからもう食い飽きた」っつってたなぁ。
あと「竹が一番うまい。松買うのはバカ」とも言ってたなぁ。

2年前の俺ははりきってわざわざ本店まで行って松買ったなぁ…(;´Д⊂)




shikishima2.jpg
真剣にタオマフ振り回す俺(撮影/ダンナ様)



試合はなんだ、まぁアレだ。
芝生席だったんで詳細はよくわからなかったが、梁くんとセッキーと富田はすごくがんばってる気がした。
以上。

それにしても草津サポはがんばってたね。ベガサポと互角、いやそれ以上に声が出てた。迫力ありました。
あの日は選手もサポも、仙台をどうこう言う前に、草津を誉めるべきだったかと。

俺の目の前のおんつぁん2人連れは、試合をまったく見ないで(ピッチに背を向けてたぞ)いいちこをがぶ飲みしながら友達づきあいの難しさについて延々語りあっておったが、そんなことは、

manner200805_pic.gif






【追記】
一番大切なこと書き忘れた。
当日は「ゆっぴ」ちゃんのミニライブがあったのだ!!!!!
憧れのゆっぴちゃん(´Д`*)ハァハァ
メロンパンにメロンは入ってないんだよゆっぴちゃん(´Д`*)ハァハァ
ベガサポは微妙に反応薄かったように思われるが、ベイシアのCMは関東限定なのであろうか。
俺はひとりで立ち上がってゆっぴちゃんと一緒にシンギングゥー。

ゆっぴちゃんに『走れホーリーホクッ』にも負けない洗脳ソングを作ってもらったらどうだろう、草津よ。






で、試合終了後、一路仙台へと向かうわけですが、うちのジムニーくんにはナビなんておされなものはついとらんわけですよ。
北関東道を途中で下りてから東北道に乗るまでよーわからんかったのですが、まわりの宮城ナンバーの車、仙台ナンバーの車、ベガッ太さんが乗ってる車についてけばいいので助かりました。


ところで、わたしは高速のSAでうまいもんを買い食いするのを至上の喜びとしております。
(実際、仙台から東京への帰り道では玉こんにゃくを4串食べました)
東北道に無事乗り、ちょっと小腹減ったねーってことで、上河内SAで軽食をとることにしました。
わたしは「豚汁(小)」、ダンナ様は「餃子ラーメン」をチョイス。


この餃子ラーメンがひどかった。
ダンナいわく「今年食ったものの中で一番まずい」。

いや、ダンナが言うだけならまだいい。

食べ物を残すことを是としない彼が涙目になりながら無理矢理胃の奥に流しこみ、わたしは丼を片づけに行った。
そこで目にしたものは、たぶんひと口食べただけでまるまる残された餃子ラーメンの丼2つ。

しかも丼の中に箸つっこんだまま。

これってすごいことだ。
SAであんな夜遅くに食事する人は、絶対に腹が減っている。
しかもラーメン。ラーメンなら多少どんなんでも大丈夫。食える。そう思って選んだはずだ。
それが、まるまる残したあげく怒りの箸つっこみ。


みなさん上河内SAではくれぐれも餃子ラーメンを選ばないように。









そんなこんなで深夜、仙台の実家に到着。
ちょっと寝て起きたらすぐユアスタ詣でだ。

しかしあたくしが出かける直前になってもユアスタへ行く主旨を理解していない義母さん。

義母「草津から帰ってきたばっかりで今日も試合なの?」

俺「今日は試合じゃないよ、『ファン感謝デー』だって言ったでしょ」

義母「あ、そう。じゃぁファンに会いに行くの?

俺「………」



俺がまさに“ファン”なんだよ義母さん…(;´Д⊂) アゥゥ




shikishima4.jpg

ベガのファン感は初めてだし、ひとりだったのでややキンチョーしておりましたが。
日立台とちがってユアスタはコンコースも広いし席も多いので、ゆったり楽しむことができました。

といっても開場後ずーーーっと梁くんブースにはりついてたわけだが。


梁くんブースはあまりにもすごい混雑っぷりで、品物を買うことはおろか列に並ぶことすらできなかったけど、そのかわり脇からずーーーっと梁くんをウォッチ。
しかし俺は梁くんを見たいのに気がつくと中原がデカイ図体で視界をさえぎる。
中原ジャマ!という声が何度出かかったことか

で、まぁ至近距離で梁くん堪能できたからいいやと、席へもどるべくコンコースを急ぎ足で歩いていたら、ちょうど控え室へもどる梁くんと並走(?)することに!
ふとあたりを見回すと、ほぼふたりきり状態!(←じつは中原もいたんだが)






きなこ「梁さん、握手していただいてもいいですか…?」

梁くん「あ、はい」

きなこ「がんばってください」

梁くん「ありがとうございます」

きなこ「………」

梁くん「………」



トクン…トクン…トクン……












ごめん俺かなりキモイな(´-ω-`)

でも、しっかり目を見て握手してくれたのはホントだよ。

梁くんの色素の薄い瞳の中に自分が映ってるのを見て、なんだか不思議な感覚にとらわれたり。
手のひらが思ったよりやわらかかったり。

とにかく、あまりの愛くるしさに目がつぶれるかと思いました。


去っていく梁くんの背中。

shikishima3.jpg











このあとのことはもうよく覚えとらん。頭の中がふわーっとなってて。

かろうじて記憶にあるのは、

・すさまじく音痴な夢吾
・すさまじくいやらしい腰つきの直也
・すさまじく大人げないパピコ
・すさまじくどこからどう見ても真性ヲタのひだっち
・すさまじくスベりまくりのオカ
・すさまじく豹変しはじけた平瀬塾長
・すさまじく芸達者でキュートな梁くん
・すさまじく真面目な斉藤さんw

shikishima5.jpg
↑なぜかひとりだけ廊下に立たされてる感ただよう斉藤さん



最後、選手がプレゼント品書き入りカプセルボールを客席に投げ入れてくれましたが、
わたくし裕希の投げたボールをすっぽりと受け取ってしまいましたよ。
shikishima7.jpg






というわけで、ベガのファン感、しっかり楽しませていただきました。

shikishima6.jpg



選手のパフォーマンスはもちろんオモローでしたが、一番よかったのは、チビッコとのミニサッカーかな。
ピッチの半分向こう側で、ひとつのボールを追って走りまくるおチビさんと選手たち。
みんないい笑顔だったなー。


個人的には、最後の最後まで子どもとじゃれあっていつまでもボールを蹴ってた直樹の姿が、目に焼きついてはなれません。



オカとふたりきりで食事に行くのは不本意かもしれないが…
今年ちゃんと昇格して直樹が泣くとこ見てみたいね。






ちなみに、梁くんと握手した右手はいまだ誰にも触れさせてませんことよ。
今後俺と握手したい奴は左手でよろしく哀愁。
















posted by きなこ at 21:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月11日

ふとした仕草にひそむ あなたの想いをたしかめる


ただいま、日立台。





hitachidai~~~.jpg









家に帰ってから、ふと、去年のガンバ戦のエントリを読み返してみて。

去年はきっちり負けた。
けど、
今年はなんとか勝てた。

今年は前半はかなりダメっ子ちゃんだった。
けど、
後半はしっかり軌道修正して自分たちらしさをとりもどした。


よかった。
レイソル、ちゃんと一歩ずつ前へ進めてる。


そして、去年書いたこの一文が、今年もそっくりそのままコピペできることをなにより誇りに思いました。




『日立台は、アウェイチームも巻き込んで、すべてを素晴らしくしてしまう魔法の箱なんだ。』






とにかくスタの雰囲気、最高だったすねー。

試合前から、子どもたちが楽しげにボール蹴ってたり、フードコートでは両サポが仲良く列を作ってたり。
試合中にきたないプレーや危険なファウルもまったくなく。ひたすら真剣勝負して。
試合後は、黄黒ユニと青黒ユニがごちゃごちゃ混じりあって歩くレイソルロード。
ただそれがうれしかった。

いろんなことがあったから、よけいに、ガンバと『ナイスゲーム』ができてうれしかった。
わざわざ柏まで来てくれたガンバサポの皆さんにも、同じ気持ちで帰ってもらえてたら幸せです。
(万博ではどうぞおてやわらかに。。。)


ひさしぶりに自分の席について、年チケ仲間のまわりの方々と「おひさしぶりですー」「国立んときは席どこだったんですかー?」なんてご挨拶したのも。
フランサダンス中にお隣の男の子とおもきし頭ゴッチンコしたのも。
明神と聡太にむかって声をそろえてブーイングしたのも。
チュンソンゴールでみんなとぎゃあぎゃあ叫びながらハイタッチしたのも。

なにもかもがキラキラした時間をすごせました。



いつまでもいつまでも、日立台から帰りたくなかったよ。















まぁ、あの日俺の胸の中で一番キラキラしてたのは
太田の笑顔だったわけだが。


アップ前、太田くんがお隣の家族連れのチビちゃんにベア手渡ししに来てくれたわけですよ。
で、ピッチのほうへ帰ろうとしたときに「オータ、今日も決めてね!!」って声をかけたわけですよ。
そしたらサッとふりむいて、小さく手をふってキラッぴかぴか(新しい)て流し目がちに笑顔をくれたわけですよ。




ずきゅ━━━━━━(= ̄□ ̄=)━━━━━━ん







この瞬間、

太田様は俺の脳内で
『はいからさんが通る』の伊集院忍少尉を超えました。






shoui.....1.jpg


shoui.....2.jpg


shoui......jpg



少尉…

太田様…




※画像は盛りつけ例です
※イメージと現況が異なる場合は、現況優先といたします







試合の詳細は例によって記憶飛んじゃってますので、覚えてることツラツラ。

続きを読む
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2008年07月06日

ベガルタ仙台を応援する友たちへ。










ベガルタについてです。
うざいほど長いです。
よけいなお世話です。
たぶん「ハァ!?」だと思います。

文章ぜんぜんまとまらない。

今日の愛媛戦はスカパ観戦だった。
そして、わたしは完全なベガサポじゃない。
本来ならコアに直接ぶつけたいんだけど、残念ながらいまはまだそこまで通じる人脈を築けていない。



そんな半端者の言うことなんて誰の耳にも届かなくて当然だけど、“他サポ”かつ“指定席客”として半年ROMってきた中で見えたものをぶつけます。
無責任だけど、微妙な立ち位置だからこそ見えるものがあると思う。


『ベガルタをこよなく愛する他サポ』として、言いたいことがある。





(どうしても現レイサポとしての物言いが多くなってしまいます。
 恩着せがましかったり先輩ヅラしたりが鼻につくと思うけど、それも含みおいてあえて書きます)







   * * *


こないだの水戸戦。
レイソルが、リーグ再開初戦、国立での浦和戦という大一番をひかえた朝。
いま、どうしても参戦しなければという焦りからひたちなかへと向かった。

ひとりで遠征すれば、ブログのネタになりそうなことはいくつでもあるよ。
そこそこおもしろいネタはいっぱいある。
一日で2試合掛けもちすりゃ、自分の苦労をテキトーに笑える記事に仕立てることなんて、片手間でできるさ。

でも、エントリに上げる気がまったくしなかった。




その理由。











危機感。



ぬるかった。
あの日のひたちなかのベガサポの空気は、あまりにもぬるすぎた。
本気の本気の本気でやばいぞって、頭を抱えた。

都内に帰ってきて、その後参戦したレイソルの浦和戦とどうしてもくらべてしまう。

2006年にはあんなに死闘をくりひろげたライバルだったはずなのに(あのシーズン、わたしはどこより最もベガルタを憎んでいた。怖かった。イヤだった。絶対絶対勝ちたかった)、いつからこんなに道が分かれてしまったんだろう。







戦力でもサポの数でも圧倒しながら、あんな無様な試合になってしまったのは、監督と選手だけのせい?
ブラジル人がいないせい?

本当に、それだけのせい?



あのハーフタイムに芝生席に流れてたムードは、なんだったの?











今朝、クラブ情報誌『Vegalta』7月号が届いた。
巻頭、オカのロングインタビュー。
“劇場からの招待状”。
ユアスタがいかに選手の力をひきだすか、熱く熱く語ってる。

これ、ただ漫然と読んじゃうと「ベガサポってすごいなぁ」ってことになっちゃうかもしれないけど、ちょっと待ってほしい。
わたしはこれを読んで、逆にはげしく危機感に襲われた。


逆に。



オカはなんでいつもこんなに必死で語ってる?
これだけあちこちで、しつこくくり返し、オカ自らが『共闘』を呼びかけなきゃいけないのはなぜ?
なんでひとりの選手がシーズン途中で言葉を尽くしてこんなに訴えなきゃいけない?



(もちろん、オカが自分の存在価値をそこに見出さざるをえない…いち選手としてきびしい状況だってのもあるけど)











あいかわらず動員数はあって、自他ともに「ベガサポはすごい」ってことになってるかもしれない。



でも。
言っちゃいけないことあえて言うけど、

『日本一』なはずのあなたたちがついてて、いつまで経ってもJ1に上がってこれないのは、なぜ?

クラブ、監督、選手の無能のせいだけですか?





たしかにテグはダメでしょう。
ダメだけど、じゃあ毎年恒例のように監督替えて、で、どうなる?













サポが、スタジアムの空気、作れてますか?

サポが、もう次の年はないんだって死にモノ狂いの空気をどこまで作れてますか?











水戸戦。
正直、ものすごくショックだった。
ここまでダメだとは思わなかった。
0−3と圧倒的にゲームを支配しながら、後半あんな体たらく。ひどすぎる。
選手の慢心は言わずもがなだけど、はっきりいってゴール裏の雰囲気も相当にゆるんでた。
知り合いも誰もいないのに、「気引き締めないと、これじゃヤバイよ!」って、大声で周りに聞こえるように叫んだ。

選手のパフォーマンス以前に、サポのあり様に不安を抱いた。
いままではなんとかプラマイゼロにできてた感情が、ひたちなかで噴き出した。

モンテとのダービーであんな勝ち方したことも、
モンテとのダービーであんな負け方したことも、
どっちも身になってないじゃないか。




今日の愛媛戦はスカパ観戦なので、スタの生の感覚はまったくつかめてない。
だけど、それでもやっぱり、疑問を感じずにはいられなかった。











わたしは基本レイサポだし、自分なりにある種の“節度”をもってベガを応援したいという考えから、ユアスタでは指定席を買ってそれなりにお金を払うことでベガに貢献したいと思ってる。
(…って言ってもA北だけど。でも、参戦できた試合では必ず個人協賛してるから許して。グッヅも買ってるし)

国内では、ジュビロとレイソルとここ十数年の歴代A代表&U-23代表はゴール裏をみっちり体験してるので、それなりの経験はしてきてるつもり。

で、そんな自分がいま、ベガサポの中に半分首つっこんで感じること。










選手は切り替えが遅い。
ベンチは交代が遅い。
でも、サポも、声出しのタイミング遅い。甘い。

選手のスロースターターを、サポの声で叱咤激励して加速してあげられてない。



試合を見てて、『ああ、ここだよ!』って思うところ、『いまこそ、声で背中押してやりたい!』って思うところで、いつもサポ自からの声がない。
強いメッセージをこめたコールがない。
正直、歯がゆい。





たとえば、攻撃のチャンスが途中でつぶれてしまったとき。
「レッツゴー!仙台!」はなんだかシオシオと尻すぼみに消えていくのみ。すぐに挽回する声出しがないまま、沈黙がスタジアムを支配してしまう。
ユアスタは他のスタジアムとくらべても「あ〜ぁ…」という落胆の声が大きいなぁといつも感じる。
(もちろんそれは強い強い期待感の裏返しなわけだけど)
チャントが消えたあと、指定席の観客の「あ〜ぁ…」がことさら響いてしまうわけです。

尻すぼみって、スタジアムの空気をかなり重たくにごらせる。







あるいは、たとえば点をとられる直前、直後。
ひたすら「カモン」を歌いつづけてるのはべつにいいんだけど、ピッチ上の空気の流れはそこに反映されてますか?
「ここ集中しよう」「相手にプレッシャーかけていこう」、そんな時機に応じたメッセージを歌で伝えられてますか?

ベガのチャントやコールって、ものすごくオリジナル色が強くて、わたしは大好きだ。
歌っても聞いてても楽しい。
でも、ワンコーラスが長めじゃない? あと、テンポが(初心者サポに配慮してか)ゆったりしてる。
それを区切りのいいところまで歌いつづけようとすると、じつはピッチ上ではまったく様相の異なる戦況が繰り広げられてることが往々にしてあるわけで。

いま、このまま、歌ってる場合か?って矛盾を感じるときがすごく多い。




たとえば、お互い球際をきびしく詰めあって、セカンドボールの奪い合いをぎりぎりやってる局面。
こぼれ球を拾った瞬間、すかさず『よし、ここから攻撃に転じるぞ!!』って勢いを与えてあげたいじゃん。

たとえば、せっかくチャンスだったのに自分たちのミスでつぶしてしまった局面。
守備にむかう選手たちに、『もう一回奪ってイチからやり直そう!!』って檄をとばしてあげたいじゃん。




それなのに。
あえてネガティブな言い方すれば、声のテンポが90分間ずーっとフラットで緩慢だ。

イケイケのときにすごい声量かせぐのはどこのチームでも当たり前なわけで。

やばい時間帯に、どれだけ、コアだけじゃなく指定席も巻き込んでスタ全体で cheer up できるか。
それこそがサポの生命線なわけでしょ。







チャンスには選手の背中を押して、
ピンチには0.3歩分先へひっぱる空気を作ってあげる、
そんな応援がホントにできてる?





選手にブーイングしてる場合ですか?

















選手もサポも“J2で一番”でいいなら、いまで十分だと思う。
独特のお祭りムードは魅力的だとも思う。

でも、それじゃ満足できないよね?



正直に言いますが、べつにいまのベガサポの応援なんてJ1では驚きでもなんでもない。
敵として“腹にくる”応援、それは、試合の流れをいやらしく作ってくる応援だ。
うまくいってるときの浦和サポにはそれを強烈に感じるし(←けして人数だけの問題ではない)、個人的にはガンバやフロンターレ、鹿島もすごいなっていつも思う。


くりかえしになりますが、ベガサポ、がんばってる。
だからこそ、いままでの応援のスタイルでいいのか、ってことも見直す必要があるんじゃないか。







いま一番近くてよく知ってるサポーターは、やっぱり柏レイソルなので。

2005年に(もう二度と目撃したくも語りたくもない)あの忌まわしい事件を起こし、翌年クラブ史上初のJ2降格を体験して以来、コアが中心となってレイサポは必死で自分たちの歩む道を模索してきた。
あまりに小さくて貧弱な、でも世界一熱いぜって胸を張れるスタジアム。
精一杯仲間をふやして、精一杯黄色く染め上げるために、リーダーさんたちは地道な努力をくりかえして積み上げてきてくれたと思う。

わたしはメインも、ゴール裏も、バクスタも、年チケも、一見客としても、とにかくひととおり体感してるから、よーくわかる。

ゴール裏(コア周辺)だけじゃない。
バクスタはもちろん、メインのお高い指定席の客もちゃんと巻き込んで目線に入れて。
試合前にはコールリーダーさんがスタンドを回って「いっしょに戦いましょう」と声をかけ、煽り、リードする。
きめ細かく地道な呼びかけ。


以前から熱いことで名高かったバクスタホーム側指定席(AL)に、今年から年チケができた。
わたしもゴール裏を卒業し、AL住人になった。
すごいよ。
ヘタするとゴール裏より声出てる。野次のレベルもかなり乙だ。

もちろん、日立台は圧倒的にハコとして小さいから一体感出やすい…ってのもあります。

でも、サイズだけの問題じゃない。
もともと熱いALが、ゴール裏と連動し、コアから一目置かれるほど認められ、さらに自信をつけて声を出せるようになったんだと思う。


『俺たちもゲームを作ってる』っていう実感が得られるから。


実際、わたしはいま、AL住人としての自分にものすごく誇りをもってる。
はじめは「ゴール裏をはなれるなんて都落ち同然。。。」くらい思ってたのに。








ベガサポはどうですか?
ユアスタではどう?

正味なところを知りたい。


残念ながらまだまだやれることをやれてない、そんな気がしてならない。

あんだけすげぇスタジアムで、あんだけすげぇ数のサポが集ってて、
だったらもっともっとおそろしいほど声出てていいはずだ。
指定席の観客を巻き込む知恵があるはずだ。
まだ、努力し尽くしてないはずだ。
(すくなくともA北では感じられません)

たとえば、ベガのチャント&コールは、『手のアクション』がユニークでとっても楽しい。
これは絶対に他サポにないポイントだと思う。
声を出して歌うことが恥ずかしいファンでも、手拍子を打ったり、振り付けを手で真似たりするのはすごく入りやすい。
俺のまわりのおんつぁんおばちゃんも、一生懸命手を動かしてるよ。
やっぱりどうしてもテンポずれるけど(苦笑)、一生懸命手たたいてる。
試合前のほんのひととき、コアがメインスタンドあたりに出張して実演してみせるだけでもできないかしら。
いまはビジョンで代表的な応援歌流すだけだけど、あれにアクションつけて(ベガチアもやれるはず)見せるってことも考えられるはず。

なんかもったいないですよ、今のままじゃ。
コアだか旧コアだかバクスタだかゴール裏だか知らないけどそんなことはどうでもよくて、
もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと、
サポにやれることがあるはずでしょ?









わたしは、いまの選手のパフォーマンスは、イコール、スタジアムのサポのパフォーマンスだと思ってる。できてることとできてないことがそっくりだと思う。

知恵も体力も、すべて出しきれてますか。

選手たちにそれを胸はって誇れますか。

「走れよ!」ってブーイングする前に、あなたは試合終了後立っていられないくらい跳ねてますか。
のどがつぶれるくらい声出してますか。








過去なんてどうだっていい。

『奇跡』を、今年、本気で起こそうよ。



今年起こさなきゃ、ダメなんだ。
スタジアムにいる全員がそう信じてなきゃ、昇格なんてできっこない。









ベガサポの魂が磨かれるのは、まだ、ここからだ。









posted by きなこ at 01:08| Comment(44) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月04日

Your Love Alone Is Not Enough









試合終了のホイッスルが鳴り終わったあと。

立ち上がれなかった。
膝がくずれて。
泣けて、泣けて、泣けて。
のどがつぶれて声が出ない。

全身が勝利を喜んで痛んだ。

あぁ、いまやっとレイソルもわたしも、スタートラインにもどれたんだ、って。



987日ぶりに、やっと。















レイサポなら絶対に忘れられない、忘れてはいけない日付。
2005年10月15日。

わたしははじめてゴール裏に立った。

真っ赤な浦和サポの波におぼれながら、必死にかけつけた駒場で目にしたもの。
それは、まるで砂の城のようにサラサラと音もなく崩れていくチームの姿。


息が止まるほどの無力感。






大げさじゃなく、立ってるのがやっとだったあの日。
あの日のことを、一日たりとも忘れたことはない。

J2でもがいている時でさえ、『かならず浦和と同じピッチに』と念じつづけてきた。
J1昇格も、『やっと挑戦権を得た』という感覚だった。
田中達也を見るたびチクチクと胸が痛み、『神様、もう二度とこのサッカーの申し子が傷つけられることがありませんように』と祈った。




いつか。

いつか浦和レッズと戦って、真正面から、正々堂々と勝利を手にするその日まで。


その想いは、滓のように胸の底に沈んで、しずかにかたまりつづけていた気がする。







そして2008年6月28日。

この日は、ベガルタの水戸戦を見るために朝からひたちなかへ向かってた。
常磐線の車内で、前日買っておいたピンチラを読む。
フランサのロングインタビュー。
目からしょっぱい水がボタボタ落ちっぱなしで、正直恥ずかしくて困った。



とにかくいままでの日々が頭の中を嵐のようにかけぬけた。


勝てなくて勝てなくて、日立台に行くたび清めの塩をまいたこと。
仲間と出会って励ましあったこと。
目の前でピッチを出るフランサにブーイングしたこと。
屈辱の入れ替え戦。
J2。
不安。
石さん。
オカ。
遠いアウェー。
どうしても勝てない山形昭夫先生
苦しい夏場。
いつも先頭でサポに向かって歩いてくる由紀彦。
天皇杯の死闘。
ドゥンビア。
リカのミドル。
一心同体。
平塚の大銀杏。
J1復帰、開幕戦ですばらしい勝利をおさめたこと。
すごい雷の日に勝って、みんなで横井広報を送り出したこと。
快進撃。
勝ち点45。
終盤の失速。
レッツゴーゆきひこ。レッツゴーゆきひこ。
さようならした選手たち。
新しく来てくれた選手たち。
ケガをして。
それでも歯をくいしばってリハビリして。
俺達の誇りの戦士たち。
いつだって真っ黄色の聖地。




レイソルを好きになってよかった。
レイソルを信じてよかった。

レイソルとともに生きてて、よかった。


やっぱり、今日は絶対勝つ。
あらためて心から思った。

(あんなに強い気持ちをもてたのは、フランサのおかげ。
 ……ちがうね、ホペイロのキムちゃんのおかげだ)







レッズに勝って、どうにか、再びスタートラインにつけた。
一試合くらい勝ったからって、レイソルは何も手にしちゃいない。
相変わらずドタバタしてて、弱っちくて、必死で、あやうくて、サポは90分間つねに心臓ちぢみっぱなしだ。

でも、こんなにも走ってる。
こんなにもおもしれぇサッカーやってる。
選手が体張って、サポは声をふりしぼって。

勝った“結果”がうれしいんじゃないんです。
トータルのレベルでは絶対的に格上の浦和と戦ってたのに、レイソルの選手のほうがあきらかにサッカーを楽しんでた。
サポの人数は負けてたかもしれないけど、レイサポのほうがあきらかに選手と融けあう熱があった。


こんなにも、みんなが信じあえてる。
同じ夢を見てる。








ちょっと早いけど…
いつかの夏休みの絵日記をやっと書き上げたような。

“あの日”レイサポとして生まれ落ちた気がしてるわたしとしては、ほんのちょっぴり肩の荷が下りた気がしてる。




さて、ここから。
またいちから、新しい季節を走っていきますか。



レイソルの冒険は、はじまったばかり。






遠いあの日、実際に駒場のピッチにいたタニ、雄太、パンゾー、カトゥー…
そしてフランサも、同じ気持ちを抱いてくれてたらいいな。














posted by きなこ at 22:17| Comment(5) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月27日

消えた夏灯り もどれない乙女






水曜日、ベガルタは熊本とホームで対戦でした。
先月痛恨のドローを喫した熊本相手に、今季いまだ不敗の聖地ユアスタで、岩手宮城内陸地震後はじめてのゲーム。


どう考えても大丈夫だと思うじゃないですか。

(↑ていねいな前フリ)


そこでベガルタさんを信じ、スカパは録画で見ることにして、ひさしぶりに平塚へ行ってきました。
J2第22節、個人的に一番の注目カード、湘南×山形。
まぁノゾさんとハセを応援しつつ、引き分けてくれるよう邪念を送ってこようかと。





hiratsuka 7.jpg
商店街のわきの広場に竹飾りがたくさんあって、そっかー、もうすぐ七夕まつりかーと気づく。


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平塚はやっぱり初夏の夜がよいですな。とくに雨上がりなんて最高ですな。
そういえば、ベガとの開幕戦は残念ながら来れなかったので、今季初平塚でした。


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本日のビールのおともは、アジの昆布〆棒寿司。どえりゃあうみゃあでいかんわ。


hiratsuka 2.jpg
もうひとつのビールのおともは、キングベル1世。
まぁるい下っ腹がこよなくプリティー(´Д`*)ハァハァ

ところで、ダンデライオンさんって毎試合ミニライブやってるんですか?
しかたがないので一緒に歌おうと待ち構えてたら(←歌詞覚えてる他サポw)なんか新しい歌になっててショボンヌ(´・ω・`)
去年まで歌ってた『オ〜レ〜、オ〜レ〜、さぁ立ち上がれ〜♪』ってやつ好きだったのに。


hiratsuka 3.jpg
試合のほうは…
がんばって好意的な見方すれば「攻守の切り替えがはやく、息つく暇のない激闘」ってことになるんだろうけど、正直、あんまり見どころはなかったなぁ。
チームのまとまり、連動性という面では山形に分があったし、カウンターの鋭さにおいては湘南が(というかアジエルが)一歩上だった。
ただ、とにかくお互いひたすらバタバタしてた。そして肝心のとこであまりにも精度が低かったと思う。
(ま、これはJの多数のチームにあてはまることですが)

とくに湘南はちょっと深刻かなぁ。
選手ひとりひとりが動いてない。それぞれ、決められた最低限の仕事しかできてないように見えた。それでもう足一杯って感じ。
たとえば、レイサポとしてはやっぱり元柏っ子の阿部ちゃんに目がいくわけですが、“怖さ”とか“迫力”がぜんぜんない。FWとしてセオリーどおりの位置どりを淡々とくりかえしてるだけ…に見えてしまう。
もっとできる選手のはずなのに。
ピッチ上の11人全員がそんな印象。

まぁライバルチームの心配なんてしてる場合じゃないんですが。


そんな湘南がしかも9人なのにまんまとひきわけちゃったチームがあったんですが。



……(´A`;)



hiratsuka 6.jpg
あたくしの大好きなカルロスフィジコもいつにもまして心配顔でした。

この人、いいんだよね。
いつもベンチ裏で控え選手にアップさせてるんだけど、試合が白熱してくるともうアップなんてかまってられない。
控えのやつら放置プレーw すきあらばライン際まで出てくしw
つねに両手を広げたり肩をすくめたり拳をつきあげたり、たぶんスタジアム中の誰よりも熱い!


hiratsuka 5.jpg
後半、ノゾさんin。
こういう人が同じチームにいる幸せを、湘南の若い選手たちには強く感じてもらいたい。
実際、いまだにそこらの若手より走れるんじゃないですかね。



そうそう、ハーフタイムには花火が上がりました。見事にベルマーレカラー。

hiratsuka 4.jpg





というわけで、梅雨の合い間の夜のひとときをまったりとすごしてまいりました。
ビールもうまかった。
平塚行くときってけっこう歩くので、いい運動にもなるんだよね。









でだ。


毎度毎度のパターンで心苦しいが、じつはここからが本題なわけだ。



東海道線に乗り込み、やれやれ他会場はどーなっとるかね…と携帯を開いてみるじゃないですか。















deathno.gif















いま、ここで、最下位の熊本と、ホームで、引き分けてる場合ですか。

梁くんが言うとおり『下を向いてもしょうがないし、そういう時期でも順位でもない』のはたしかだけど、だからってテグの『もっと思い切ったことをトライさせたいと思っている』ってのはどーにも認識遅すぎませんか。

もうシーズン半分折り返しだよ?
今年もけさ位狙いならいいけど、ちがうでしょ? 
絶対昇格するんでしょ?

選手もスタッフも、がんばってるのはわかる。でも、昇格を勝ちとるには、ただがんばるんじゃ足りないんだ。
もっとつきぬけて鬼気迫るものがなくちゃだめなんだ。




はっきりいって、かなり瀬戸際だと思う。


俺はものすごい危機感です。




(このままだと梁くんとせっきーが壊れちゃいそうだし)






で、明日は国立行く前に、むりやりひたちなか参戦してきます。
去年も雨の日立に行って梁くんのゴールで勝った。


とにかく、

こんなとこで負けてられへん!!!









レイソルも、全力で、ぜえぇぇぇぇっったい勝とうな。

ポンテがなんぼのもんじゃいっ\(`・ω・´)







posted by きなこ at 12:46| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月23日

いつか夕べの星と ひとつになってゆく






土曜日、練習試合見に行ってきました。
おひさしぶりの聖地日立台。雨が降らなくてよかったね。

20080621111028.jpg





待ち焦がれていたサポたちの熱気とは裏腹に、ピッチの上の選手たちは粛々としたプレーぶり。


とにかくカボレが素敵だった。
動いてる姿を至近距離ではじめて見たのですが、いやぁ、やわらかい。深い。しなやか。
するするっと動いて、絶妙なポジションをとり、ボールを受けたら慌てず騒がずソフトタッチ。
無駄がないのに、華がある。


チュンソンがお子ちゃまに見えました…


そして平山はただのぬらりひょんにしか見えませんでした…


だって「ソータ、もっと前!!」「ソータ、下がる!!」「ソータ、シュートっ!!」ってキーパーの指示どおりに動いてるだけなんだもん。
おまえは実写版ウイイレかと。
シュートは□ボタンだぞと。
あんまり強く押しすぎんなよと。(←これは俺だな)
とにかく、あのぬらりひょんにゴールを決められ投げチューされることを想像しただけで胸やけ動悸息切れめまい立ちくらみがはげしくなり、ビールが1リットルしか飲めませんでした。





試合内容はまぁあれだ、なんだ、こんなもんかな、って感じでしたが。
(リーグ再開後あんな試合やったらただじゃおかんぞね)
それよりも。

次の日、レイソル恒例のシュハスコパーティーの最中に、スイスへ向かうドゥンビアから電話がかかってきたそうで。
その電話がタニにかかってきたというのが、いいなぁ。
電話に出た瞬間のタニのやさしい笑顔が目に浮かぶ。
「パンゾーだよ、テレビで見てるからね」。パンちゃんのかけた言葉もほほえましい。
もちろん、石さんの明るくあたたかい激励も。

小さなことだけどこういうことが、レイソルというクラブの魅力を表してやまない気がします。


ドゥンビアがレイソルにいてくれてよかったなぁ。
そして、徳島に行ってくれてよかったな。(結局、徳島のみなさんには申し訳ないばかりだけど)


ドゥンビアは、愛と笑顔だけを日本に残していってくれた。
あのふしぎなおどりを間近に見られないのはさびしいけれど、どこにいても、いつまでも、俺たちの「バネ」を応援したいと思う。
いつか、「ドゥンビアってじつは昔レイソルにいたんだよ」って孫に自慢さしちくり。

ありがとう、ドゥンビア。いつかまた、どこかで。
ワァ〜オ!!






(つД`).。oO(最後、空気読まずベガルタが勝っちゃってごめん。でも、どうしても、負けてられないんだ…)



posted by きなこ at 23:20| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月07日

gold against the soul





いまになってようやくベガルタの前節の痛恨の湘南戦のハイライトを見ました。
なんでこういう試合にかぎってののさんと平ちゃんが時間かけて丁寧に分析しちゃってるんだ

いまだ完治しない顎関節症をこらえながら奥歯をくいしばって見ました。

だってこれがいまあたくしにとって最新の梁くんの動画なんですもの。





前半早々の2点。どちらも、梁くんのCKから。
キーパーとDFの間でこぼれ球を誘うような、素晴らしいキック。
練習どおり、狙いどおりのボールを蹴ることができて、それがきちんとゴールに結びついたのはとてもよかった。
ずぶ濡れでコーナーフラッグ脇にたたずむ姿もたいへんよかった。



でもね。

じつは一番の注目ポイントはそこじゃなくてね。












1本目のCKの直前、右サイドからのクロスに頭で合わせようとした梁くん

いかにもダメポなヘッディングがギザカワユス(ノ∀`)



だって、

足なんかびみょうなガニ股になっちゃってたし
ミートしてないから頭ぼよよ〜んだったし
いつもピッチ上ではあんな凛々しいのに、飛んでる姿はなんかいきなり小学生男子だし。

「えいっ!ぴょんっ!><」みたいな…




そう思うとオカのヘディングの飛び姿ってかなりイケてるな




以前、サカダイのプライベートについての質問コーナーで『願いごとがひとつ叶うなら?』って問いに
「ヘディングが強くなりたい」って答えてた梁くん

あれ読んだときは、つねにサッカーのこと考えてるのねー、真面目なんだー、ますます惚れ直しちゃうわーなんて身悶えしてましたが、





心の底からの願いごとだったんだね。。。(;´Д`)




そういえば、
「チームメイトからも『ヘディングだけはないな』と言われます」と書いてあった。





ないかもね。。。(´д⊂)






しかしそういうお茶目なところがまたたまらなく魅力的でますます惚れ直しました。

( ↑ 結局なんでもいい )


わたし、梁くんのヘディングシュートって見たことないんですけど、いまだかつて頭で決めたことってあるんですかね。
どうせならいっそこのまま一生ヘディングと縁のない人生を歩んでほしい。
だって、なんでもできる人がたったひとつだけ苦手なことがあったりすると、かえってたまらなくいいじゃないですか。

  
  【註・その1】
  いま打っててマジで「いいないですか」と変換された件について。
  すごいな俺のPC。
  まさしく人馬一体



ちなみに、「ヘディング」は朝鮮語では「モリパッキ」だそうです。
川崎Fのテセが言ってた。
ってことは、

「おおっ! リャンヨンギのモリパッキーーー!!

やっぱなんかカワユス(*´Д`*)






……。

要はわたし、さびしいんです。

ベガは今節お休み。オフが多いし、練習は非公開。
レイソルのフォトギャラみたいに、毎日あの手この手で選手のようす伝えてくれるのって、すごく貴重。あらためてうちのおひさるの充実ぶりにありがたく思う。


とにかく。
どんなささいな話でもいい、かすかにでも梁くんにつながる情報がほしい…!

と、

思いあまって一日に何度も関口のブログをのぞいてみたが、
そこはハムスターの飼い方というテーマでたいへんギャルギャルしく盛り上がっていた件について
orz


  【註・その2】
  ここ見てくださってるレイサポの方々も、セッキーのブログは一度見ておくとよいと思います。
  「関口訓充 ブログ」でぐぐれば桶です。
  ある意味、勉強にすらなります。
  ブログで彼の素顔を知ってから試合を見ると、さらに味わいぶかい感動があなたを包むでしょう。





しかたないからベガのオフィシャルトレカBOXを ダンナに内緒で 買っちゃったじゃないのよ
( ゚д゚)y─┛~~

レイソルでも箱買いなんてしたことないのに…

梁くんのカードいっぱい入ってたらいいな…

しかしオカのカードとかいらねぇな…

もっといらないのは噂の“ツインズカード”だな…





あと四つ寝たらユアスタ行きだーヽ(´∇`)ノワーイ

届いたカードの中身によっては、仙台でまた1箱買っちゃいますよぅ。

















posted by きなこ at 07:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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