2009年08月28日

失ってしまったものは いつの間にか地図になって 新しい場所へ誘ってく





ふと。
去年の年末に『ヒストリーチャンネル』でやった、チュンソンと鄭大世に密着した番組を見たときのことを思い出した。
番組の終わり近くで、たしか「お互い、日本代表と北朝鮮代表として試合をしたいか?」みたいな質問をされて、チュンソンは困ったような苦笑いを浮かべ、「親善試合ならいいけど、できればやりたくないです」みたいな答え方をしてた(うろ覚えですが)。
一方のテセは「俺はガチでやりたいね」と即答だった。
だからどうしたってわけでもないけど、ああ、チュンソンってそういう子だよね、って、妙に脳裏に焼きついてる。



たぶんチュンソンは強くない。
“気の強さ”や“負けず嫌い”をよく挙げられるけど、ちょっとちがってて、
あれは正確に言えば〈認められたがり〉なんだと思う。
認められたい。認めてくれよ。俺を認めてください。
チュンソンからはいつもそんな心の声が聞こえてた。

たぶんチュンソンは誰かのそばに居場所がほしい子だ。
いまのレイソルには、彼の居場所を用意してあげられる人がいないんだろう。
石崎さんはとっくにいないし、フランサにはその役は果たせない。
ペトロヴィッチ監督は(チュンソンからすれば)まさにうってつけの存在だと思う。
移籍先が広島、と知ったとき、思わず「そうだろうなぁ」と膝を打った。
やってるサッカーの中身以上に、チームのたたずまいに魅力を感じてたはずだ。
どことなく、07年のレイソルに似てる。
チュンソンが一等輝いてた、あの頃のレイソルに。

そして、たぶんチュンソンはこの先もずっと〈渡り者〉として歩いてく。
「サッカーの世界では、来る者がいれば、去る者もいます。
 常に流れ動いている中で、僕の番が来ました。」
チュンソンのこの言葉を読んで、そんな気がした。
自分を認めてくれる誰か、自分が輝けるどこかを求めて、流れ流れていくんだろう。



チュンソンは“新生”柏レイソルの象徴でもあり、同時に鬼っ子でもあった。
エースと呼ばれ、でもミスターレイソルではない。
彼を薄情だとかドライだとか責める気はいっさいないし、彼の不在を嘆き悲しんだりすることもない。
(今季の移籍に関して言えば、わたしは石川くんが出てったことのほうがずっとずっとずっとずーっとダメージ大きかった。じつは今もさびしくて胸が痛い)
このタイミングで…と少し驚きはしたけれど、結局、感想は「さもありなん」のひと言だ。
ああ、チュンソンってそういう子だよね、のひと言だ。
たとえばかつて苦渋の決断で仙台を去った佐藤寿人とは、わけがちがう。
いつかは出て行く子だとわかってた。


あの『函館の奇跡』で、雄叫びを上げながらピッチを走り回るチュンソンを見て、
まるで山猫のようだ、と思った。
捕獲され、保護された山猫は、その後きちんとしつけられ、いつしか見栄えもお行儀もいい飼い猫になってしまった。
やんちゃな飼い猫なんて怖くない。

チュンソンに足りないのは、野性だ。

このままレイソルにいても、山猫にはもどれないだろう。
(広島でならもどれるのかと言えば、それも疑問ではあるけれど)
とっても愛着のある選手だけど、ひきとめる謂れもない。
ありがとう、と感謝して送り出すつもりもない。
むしろ「あれ、チュンソンってあんな男だったっけ!?」と裏切られた気にさせてほしいんだ。



チュンソン。
サンフレッチェのオフィシャルに載ってた紫ユニ姿、とっても似合ってる。
柏木や槙野とバカやって盛り上がる姿が目に浮かぶ。


チュンソン。


それで終わるなよ。




いつかあたしたちレイサポが悔しくて唇かみしめて血を流すくらい、強くなれ。
いつかあたしたちレイサポがきみの前にひざまずいて涙を流すくらい、恐がらせてくれ。




つきぬけろ。



posted by きなこ at 23:25| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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