2008年08月27日

降りそそいだ陽ざし浴びて 胸をはる ひまわりに








たっちゃんについて真っ先に思い出すことといえば、じつはゴールシーンではなく。
折り目正しい好青年の笑顔でもなく。

ドリブルで突っ込んでって、DFと競って、倒されて、でもなぜかファウルとられるのは必ずたっちゃんのほうで。
それでもこれ見よがしに不満をアピールすることなく、
すぐまたスクッと立ち上がり、前を見つめて全速力で駆け出して。

どういうわけか、そんな姿ばかり浮かんでは消える。


         *


不器用な人なんだろうな、って思う。
とことん自分自身に集中する人なんだろうな、って思う。

だから、試合中、ときに「たっちゃん、もうちょっとまわり見て!」って苛立つことも正直あった。
素晴らしいゴールを決めたあと(そもそも彼のゴールはどれも網膜に焼きついて焦げついちゃうようなものばかりだ)、いつもひとりで喜びを体内小爆発させているように見えた。
いつも練習場でグラウンドのまわりをぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、バターになっちゃう寸前まで走ってるのも、サッカーのためとか体力向上とか脚のリハビリとかそんなの超越しちゃって、「この人は単に『走ってない自分』を許せないんだろうな」って解釈してた。

もうちょっと、肩の力抜けばいいのに。

良くも悪くも、四六時中“ひたむき度120%”のたっちゃんは、もどかしいようなまぶしいような、
だからどうしても目を逸らすことができない存在だった。


          *            


「すずーきたつや! すずーきたつや! すずーきたーつーやー!」

たっちゃんコールの響きわたる日立台が大好きだ。
スタジアムが笑ってるから。
レイソルの応援コールはどれもかなり野郎臭いので、叫んでるとどうもカツ上げ中のヤンキーみたいな顔になってしまうんだが(俺だけ…?)
たっちゃんコールのときだけは、ふしぎに笑顔。みんな楽しげ。

おもきし声高らかにたっちゃんを祝福しよう。

いつもそう思いながら歌う。


          *


さびしいのかさびしくないのか、よくわからなかった。

ずっとスタジアムに通ってるサポなら、みんなどこかに予感はあったはずだ。
他サポから「鈴達か菅沼おくれよぅ」なんて言われることも多かったし。
いつか柏を出ていく人なのかもしれないな…って思ってた。
わたしはゲーフラを掲げたり、22のレプリカを着たり、ファンサでサインをもらったりするような“たっちゃん好き”ではなく、あくまでひとりの選手として見守ってきたつもりだった。

それなのに。
たっちゃんの最後のブログ読んでみっともないくらい泣いた。


『僕が初めてプロサッカー選手に成れた場所が日立台でよかった、
 僕にとって初めてのサポーターが皆さんで本当によかった。』


たっちゃんがいなくなっちゃったら、俺の隣の席のおじさんが元気なくなっちゃうじゃん。
まるでわが子であるかのように「たつや〜、たつや〜!」って、声上ずって腰なんか浮いちゃってんだよ。
おじさんも、今頃ちょびっと涙ぐんだりしてるかな。


          *


ひと晩たっても、さびしいのかさびしくないのかわからない。

でも、
たっちゃんが緑の芝の上を走りつづけるかぎり。
わたしたちレイサポはずっとずっと彼のことを祝福しつづけるんだろう。

だから、どっちだっていいや。
立ち止まってるたっちゃんなんて、たっちゃんじゃない。
ほんとは帰ってきてほしいけど、FC東京さんにもらわれることなってもかまわない。
さらにべつの修行の場に旅立つことになってもかまわない。

ユニの色がちがっても、俺たちのたっちゃんは、いつもひまわりみたいな笑顔でボールを追いかけてるはずだから。


鈴木達也選手のめざすべきゴールは、彼の駆けていく先に必ず待っている。






FC東京の皆様、どうかたっちゃんをよろしくお願いいたします。

そしてたっちゃん、
サッカー選手でいてくれて、本当にありがとう!












posted by きなこ at 22:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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